「……」


 マリージョアに現れた“鷹の目”のミホークの存在感は、他の追随を許さないような圧倒的なものだった。背負われた黒刀・夜もその原因の一つであり、誰もが見つめずにはいられない。目を逸らせば食い殺される、臆することはなくともセンゴクにそう思わせる空気を持つ男だった。例えて言うのなら“白ひげ”や“金獅子”のような伝説を生きる人間特有の存在感と言ってもいい。そんな海賊たちと渡り合ってきたセンゴクには“鷹の目”が七武海などと言う称号を受け入れるような男には到底見えなかった。地位や権力を欲するような、そんな底の浅い男ではないと経験が告げていた。
 しかし“鷹の目”に接触した海兵からの報告によれば、そもそも自分のことを海賊ではないから首にかかっている懸賞金を消してほしいと申し出たらしい。その海兵曰く、“鷹の目”は、無害だとのことだったが、納得できるわけもない。こんな男がこうしてマリージョアへ素直に赴いた理由も理解できなかった。センゴクは顔をしかめながら、ゆっくりと口を開く。


「率直に聞こう、お前が海賊でないというのは本気か?」

「……その通りだ。賊になる理由がない」

「理由などそこかしこに転がっているだろう。お前は現に船を襲っている」

「船と言っても海賊だけだ。海賊を……海のクズを襲って何が悪い」


 その言葉にセンゴクが驚いたのは、致し方のないことだった。こういった手合いの海賊は間違いなく海賊であることに誇りを持って生きている。にもかかわらず、“鷹の目”は海賊を海のクズだと言って見せた。ならばほぼ確実に“鷹の目”は海賊でない可能性が高くなる。
 そう思ったのはセンゴクやつるといった経験の深いものたちばかりで、サカズキや中将連中には納得がいくほどではなかった。「貴様がやっちょることは海賊と何が違うっちゅうんじゃ」。サカズキの言葉に、“鷹の目”は表情を崩さずに答えた。


「仮に海賊を襲うおれも賊だとしよう」


 射貫くような視線が、サカズキに向けられた。そんなことに怯むような男ではなかったが、視線を向けられて眉間に皺が寄る。“徹底的正義”を語るサカズキが“鷹の目”を賊だと思っているのなら仕方のないことだった。──悪は滅するべき。そういう目をしていた。“鷹の目”の方もサカズキを恐れている様子はなく、平然として言葉を続けた。


「ならば貴様ら海軍や賞金稼ぎは賊ではないのか? 何が違う。それともおれのしていることは略奪を目的とした強襲であると? ならば懸賞金をかけられた首を取ろうとする賞金稼ぎはすべて賊か? あるいはおれのしていることは殺戮を目的とした強襲であると? ならば拿捕どころか皆殺しを遂行するような海兵はすべて賊か?」


 “鷹の目”の吐き出した口上に中将たちは言葉を失った。そんなことを、一度だって考えたことはなかったからだ。目の前の“鷹の目”や賞金稼ぎと違うのは、正義の有無である。それをはっきりと告げればいいとわかっているのに、誰もそう切り返しはしなかった。“鷹の目”はどうやら口の立つ男で、こういった言葉回しをしてくる以上は反論してくることは間違いなく、反論されたとき、おそらく中将たちは言葉に詰まり、ペースを“鷹の目”に奪われるだろう。そうして言葉を交わし続けていたらダメになる、と中将たちは気が付いていた。正義に傷を付けられ、疑うようになってしまうだろう。たったすこしの会話でさえ、自分の常識が揺らぎそうになったのだから。
 しかしサカズキは揺らがない。彼の正義がこんなに簡単に揺らぐようなものであったのなら、“徹底的な正義”などと称されることはなかっただろう。所詮、言葉だ。屁理屈をこねてそれらしい言葉をぶつけてきているだけ。まったくもってくだらない。


「よく回る口じゃのお……そんなもんただの言葉遊びじゃろうが。ええか、わしらと海賊は違う」

「当然だ、貴様ら海軍は政府に属しているのだから賊になるわけもない」


 そう言って“鷹の目”はサカズキの言葉を肯定した。まさか肯定されるなどとは露ほどにも思っていなかったサカズキはわずかに瞠目する。目の前の“鷹の目”という男のことをうまく理解することができない。鋼のように何ものにも負けぬ硬さではなく、つかみどころのない柳の葉とでも言えばいいのだろうか。何を考えているかはっきりとしない“鷹の目”の存在は、サカズキの中でにわかに気持ちの悪いものへと変わっていく。“鷹の目”はサカズキからセンゴクへと視線を戻した。やはり射貫くような目線だった。


「……おれを賊とするのなら構わん。決めるのは貴様らや政府だ……否定になど意味はない──だがおれは海賊旗を掲げたこともなければ、大秘宝にも略奪にも殺戮にも興味はない」


 センゴクはその言葉の意味を理解して、苦い顔になる。“鷹の目”の言葉は、お前ら海軍の行為は政府の決めた善悪の判断によって許されているに過ぎない、という糾弾なのだ。
 たしかに“鷹の目”が初めに報告されたとき、当時の億越えルーキーの船を一刀両断で沈めたところを目撃され、“鷹の目”自身も億越えの賞金首となったはずだ。センゴクは当時のことをよく覚えている。そして今までで一度も、海賊旗を掲げたという報告も、海軍の船を沈めたという報告も上がってきてはいなかった。“鷹の目”と交戦したことのある海兵たちは必ず先に攻撃をしていた。今回接触した海兵は当然接触する際に攻撃などしなかったはずだ。──そもそも海軍が“鷹の目”に懸賞金をかけたことから間違いだったのだ。
 センゴクはすべてを理解して、頭が痛くなる。海軍のミス、となれば、それはそれは“鷹の目”の恨みは海軍に向かっているはずだ。今暴れられでもされたら、サカズキやセンゴクがいるとはいえ、ある程度の被害は避けられないだろう。しかしサカズキはセンゴクのように“鷹の目”を海賊でないと断定していないらしく、「お前の目的はなんじゃ」と顔を顰めていた。


「目的? そんなものはない」

「……なんの目的もなしに、海に出た言うんか」


 サカズキの言葉を受けて初めて“鷹の目”の感情が見えた。どこかうすらと寂しさや悲しさを感じる目で、まっすぐにサカズキを見て、「ならば言い方を変えるとしよう」と先ほどまでとなんら変わりのない感情の見えない声を発する。


「目的は潰えた」


 潰えた。その語が持つ意味は“鷹の目”が発したことにより重みを増した。これほどの素質を持つであろう男が持っていた目的が、潰えた? 一体“鷹の目”の身に何が起こったのか、それをサカズキやセンゴク、つるたちが考えるよりも早く「おれの話はもういいだろう」と“鷹の目”はその話を終わらせた。
 そこからは簡単な事務手続きだ。七武海になるにあたっての諸注意と言ってもいい。例えば海賊への略奪を認める代わりに、いくらかの取り分を海軍に上納するだとか懸賞金を取り下げるだとかそういった話で、“鷹の目”は特に条件提示をするわけでもなく、海軍側の要求をすべて飲み、話が終わると早々に席から立ち上がりドアを目指した。その背に、センゴクは最後にして最大の疑問を投げかける。


「何故、七武海の申し出を受け入れた?」


 すると振り返って“鷹の目”は不思議そうに首を傾げた。そしてセンゴクは初めに接触した海兵の『“鷹の目”は無害な男です』という言葉の意味を理解する。


「海軍に協力するのは市民の義務だろう」


あ、こいつ本気で言ってる。

ミホーク成り代わり主さんと海軍メンバー(元帥、大将、おつるさん、ガープ)のお話@時永さん
リクエストありがとうございました!



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