部屋で本を読んでいるうちに、ドフィが訪れることはよくあったが、部屋に侵入されたことにいつも気が付かなかった。熱中していた本を読み終えて、次の本に手を伸ばしたところでかたんと微かな音がしなければ、おれは今日も今日とて周りから『若様がまたお前の部屋に』と言われて初めて気が付くということになっていたのだろう。振り返ればドフィがおれの部屋に似つかわしくない真っ赤なソファに座っている。どこか不満そうで唇をへの字に曲げている。これが凹んでいるのなら可愛いが、おそらく機嫌が悪いだけだろう。座っていた床から立ち上がり、ドフィのところに向かう。


「どーした若様」

「若様って呼ぶな、っつったよなァ、ナマエ」

「こりゃ失敬」


 どうにもこうにもおれに若様やら若と呼ばれることが嫌いらしいドフィは、余計にムッとして顔を顰めた。ドフィの横に座って、「んで? どうしたドフィ」と聞き直せばほんのすこしは不機嫌が解消される。それでもまだ顔はいつもみたいな楽しそうな笑顔ではない。おれの部屋に一人で来るときはいっつもそうらしい。あまり姿を確認できていないからおれ自身はよくわかっていないのだが、バッファローやらベビー5がそう言っていたのだからそうなのだろう。いつもの笑顔の反動なのだろうか。何も言わないドフィの顔をつかんでぐにぐにとほぐしてやる。


「……何やってんだお前」

「笑い疲れてんのかと思って」

「んなわけねェだろうが」

「そうか? ならいいが」


 ぱ、と手を離すとドフィはすこしだけ笑った。さして面白いことを言ったつもりはないのだが、機嫌がよくなるのはいいことだ。ただ予備動作なしで、どん、と人の胸を押すのはやめてほしい。急に視界が天井に向かってびっくりした。ドフィはそのままおれの上に跨ってきた。機嫌は良くも悪くもないみたいで、無表情のまま見下ろされる。重いって言ったら怒りそうだから口を噤んでおいた。ドフィの機嫌はいい方がいい。手を伸ばしてドフィの頬を撫でると、サングラスの奥でドフィは目を細めた。


「ドフィは猫か」

「あ? 下で喘げって意味か?」

「下ネタじゃねェよ。そうじゃなくて、犬と猫だったらどっち、っていうやつだよ」


 気まぐれで、自分が来たいときにしか寄ってこない。ついでに言うと気品がある。ドフィは少なくとも走り回って喜んだりしな……いや、するか。でもやっぱり犬か猫なら、猫だと思うんだよなァ。撫でたら喉も鳴らすかもしれない、と腕を喉の方に移動させようとしたら叩き落された。ばしん、といい音がしておれの腕は落下。ああ、可哀そうに。またムスッとし始めたドフィがおれの目を見る。


「お前、猫、好きか?」

「別に。ていうか、動物に好きも嫌いもない」


 昔馴染みなのだからそんなことを知っているくせになんで聞くのだろうか。……ああ、おれが猫に例えたからか。自分の例えられたものが猫だったから、おれが好きじゃあないと許せないんだ。昔っからドフィはそういうやつだ。自分のことに注目させないと気が済まない。自己顕示欲の塊、というわけではないんだけど、目立つことも好きだしなァ。好かれたい、というか、認めさせたい、というか。おれを含め、ファミリー連中には好かれたいってなってんだろう。
 大して使えない腹筋を総動員させて起き上がる。対面で座っている状態になったドフィの額に、おれの額をくっつけた。サングラス越しの瞳とばっちり目があった。相変わらず睫毛長ェなこいつ。


「安心しろ、ドフィのことは好きだぞ」

「……フッフッフ、当然だろうが!」


 どうやら機嫌はある一定のところまで戻ったらしい。いつものニヤニヤ顔の後頭部に手を回して撫でてやれば、ドフィは唇を楽しそうにつり上げたまま目蓋を閉じる。「ヴェルゴも、モネも、バッファローも、ベビー5も、トレーボルも、ディアマンテも、他のみんなも、お前のことが大好きだ」 「当然」「そうだな、当然だ」。ドフィは楽しそうに笑っているから、おれも楽しくなって笑った。そしてドフィはまたおれをソファへと押し倒した。人のこと張り倒すの好きだなお前、と思っていたら、同じように倒れ込んできた。ぬくい。


「ナマエ、そういえば本は読まなくていいのか」

「別に。ドフィがおれに本を読んでほしいってなら読むがな」

「じゃあ遊びにいこうぜ、ちょっとそこらへんまで」

「どこらへんかわかんねェけどいいぜ」


 口ではそう言っているがおれの上から微動だにしないドフィは、おれの顔を見てニヤニヤと笑っている。おれもドフィの顔を見ながら笑っている。一見したら変な図だろうが、ここにはおれたち以外にいないので問題はなかった。

何でも知ってるような顔してて

ドフラミンゴを甘やかす男主(お願いできるのなら幼なじみ設定)でほのぼのなお話@ジンさん
リクエストありがとうございました!



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