久しぶり降り立った陸は、春島だった。程よい気候と程よく田舎な素敵な島だ。……素敵な島なんだが、春島は大体おれにとって天敵なので、なんとも言えない顔になってしまう。何故なら、綺麗な花が咲き誇っているからだ。おれはどぎっつい花粉症持ちである。涼しげな風が吹いてきて、鼻腔を刺激する。むずむずとした感覚。あ、やっばい。


「は、は、……へっぐし!」

「おいナマエ大丈夫かァ〜」

「大丈夫じゃねェのわかってんだろ、お頭っぶし!」


 一度くしゃみが出始めると止まらなくなる。ちなみに目も絶妙にかゆい。お頭はおれを見て大爆笑しているが、今のおれが殺意に満ち溢れていることをわかっていないのだろうか。その辺に落ちている木の棒を拾って、覇気をまとわせてからお頭の頭を思いっきりぶん殴った。「うげェ!」とカエルを潰した時のようなひどい音がして、お頭は地面をのたうちまわった。それを無視して歩きだろうとすると、お頭が後ろで文句を言ってきた。更に無視。おれは反省も後悔もすることはない。


「おいナマエ、すこしくらい反応してやれ。可哀想だろ」

「ベック、可哀想って言ったら寧ろ可哀想だろ」

「そうか? とにかく反応くらいしてやれ、哀れだろう」

「さっきよりひどくなってら……っくしゅん!」


 一瞬だけでもくしゃみが治まったかと思ったけどそんなことはなかった。当然の結果である。むずむずが止まらないせいでくしゃみを連発。くしゃみを連発するともれなく喉が痛む。「あー」と発した声は既に掠れてきていた。あ、今回マジで早すぎ。もう駄目そう。お頭が何か文句を言いながらも子供のようにケツを叩いて去っていく。馬鹿なんだなァ、あの人。ベックが隣にいたおれに軽く視線を寄越す。


「ナマエ、無理そうか」

「ああ、ごべん、無理そっくすあ!」


 げほげほと咽ているおれを尻目にベック以外のクルーはおれのくしゃみに大爆笑している。たしかにさっきのくしゃみは結構変だったけどおれはつらいんだぞこいつら……。ぐるる、と犬みたいに唸りながら威嚇したおれからクルーたちは逃げていく。お頭みたいに殴られたくないんだろう。おれだってお頭以外には力加減するのに。殴るけどな。


「部屋戻るか?」

「うん……」


 目を擦りながら歩き出したおれに、付き添ってくれるベックの優しさに震えながら部屋を目指す。春島では毎度のことなのだが、ベックには申し訳ないと思う。おれが船に残っていたところでまるで役に立たないし、だから幹部連中が出払うのはまずいし、だけどうちの連中は春島とかの雰囲気が好きなやつが多くて皆行きたがる。そしたら大体白羽の矢が立つのがベック、ということだ。
 若い連中に何かあったら伝えにこいと言ってからおれはベックの部屋にためらいなくお邪魔する。おれの部屋は一人部屋じゃあないのでいくらおれが気を付けていても、他のやつが花粉を持って戻ってくるに決まっているのだ。そんな部屋にいたらおれは死ぬ自信があるし、春島の間だけでもこちらにいさせてもらおうかと真剣に悩んでしまう。


「ぬあ〜、やっとまともに呼吸できる〜」

「そりゃあよかったな」


 おれが言いながら脱力すると、ベックは笑いながら読みかけの本に手を伸ばしていた。おれはまともに読み書きできないのでそれがどんなものなのか知る由もないのだけれど、この前内容を教えてもらった本と装丁が同じなのであの本はきっと冒険書だ。おれがベックをぼうっと見ていると、ベックはおれの視線に気が付いたらしくベッドを指差した。


「昼寝でもしたらどうだ。好きに使っていいぞ」

「マジでか。じゃあベック膝枕してくれ」

「おれは構わねェが枕ならそこにあるぞ?」

「何言ってんだよ、ベックの足がいいんじゃねーか」


 おれはベックのベッドに飛び込んで、早く早くとベックを呼んだ。これが男と女だったらいやらしい意味にも取れるのだろうけれど、長年の付き合いのあるおれたちの前ではどう見てもいやらしさはゼロだ。これでも一応恋人という間柄なんだけどな。そうはまるで見えない。もしかしてそれっておれのせい?
 ベックは呆れたように笑いながらベッドの縁に腰かけて、本を読み始める。おれはベックの腕と足の間にヘッドスライディングにも似た何かで突っ込み、ベックの膝枕を手に入れた。あ〜温い。「おやすみ」と呟いてから目を閉じる。なんだかいい夢が見れそうだった。

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 ナマエは本当に花粉症なのかと思うほど素早く眠りについた。いっそおれの膝枕が目的で嘘をついているのではないか、と何度か思ったことがある。本人は死ぬほど苦しいと言っているし、馬鹿みたいに正直なやつなので嘘でないことはわかっているのだが、それくらい寝付きがいいのだ。ナマエは馬鹿みたいな顔をして眠っている。


「ったく」


 いくら花粉症がひどいからって普通、恋人放っといて寝るか? そんなふうに言えばおそらくごめんと謝ってくるだろうが、別に不満なわけではないのだ。盛りのついたガキでもあるまいし、二人でいることには違いないのでおれはこれでも結構満足している。寝ているナマエの耳元に軽くキスをしたら、ナマエがわずかに反応を見せた。そしてゆるりと薄く目を開けたナマエがぐるりと身体をねじり、おれの口にキスをした。


「ベック、」


 ナマエが寝ぼけているとわかっているのに、どこか熱っぽい声に浮かされそうになるなんておれはどれだけナマエが好きなんだか……。寝ぼけながらもおれの顔にとにかく唇を押し付けてくるナマエはガキみたいで可愛らしい。本を置いて仕方なくそれに付き合っていると、ノックもなく扉が開いた。


「おーい! 土産買ってき、」


 でけェ声に反応したナマエがたぶん無意識的におれの本をぶん投げて撃退した。赤い髪が床に沈む。ナマエは何事もなかったかのようにおれの膝で寝直した。

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 起き抜け一番に帰ってきたお頭から「いつもイチャイチャしやがって、爆発しろ!」と言われ、何のことを言われてるかもわからないしとにかくなんかムカついたのでお頭の頭に一発叩き込んでおいた。

入る隙もないくらい

ベックマンで甘い感じ@匿名さん
リクエストありがとうございました!



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