航海術などまるで持っていないので、その日もおれは海をさ迷っていた。最終的にどこかの島につけばいいし、水だけは鳥に定期便を頼んでいるので海王類でも狩れば死ぬことはない。なので海の上でぼーっとしている時間が今のおれにとっては一番安全で気ままで楽しい時間と言うことになる。 「おーい、鷹の目ー!」 それをぶち壊すことに定評がありすぎるシャンクスが来なければ、の話だが。大きな船が寄ってくれば波が立ち船が揺れる。酔うっつーの、気を使え、気を! どこからおれを見つけてくるのか知らないが、シャンクスとは海賊になってからおそらく一番よく会っている人間だ。腕をなくす前はよく斬り合った。単純に楽しかったこともないとは言えないが、いきなり後ろから斬りかかられたりして、こいつが物語に重要な役割を持つキャラじゃなかったら何度殺そうと思ったものだ。今は腕もなくして戦う気も薄れたのか、はたまた二人ともおっさんになったからなのか、普通に楽しく酒飲み仲間になっている。 「行くぞー!」 その声と共に降ってきたのは、なんと赤髪のシャンクスその人だった。今日も真っ赤な髪の毛が眩しい。上から縄梯子が降ってくるのかと思いきやお前かよ! というツッコミを入れたい気持ちを抑えてシャンクスをじろりと見る。勿論非難の意味を込めていたのだが、このシャンクスという男、全くもってそこらへんの気持ちが通じない。快活に笑いながら人の眉間のシワをぐりぐりと無遠慮に押してくる。 「おいおい、ずっとそんな顔してるとマジでそんな顔になっちまうぞ」 「もう片方の腕も切り落とされたいのか」 「冗談だろ、冗談」 まったくもーとか言ってくるこのおっさんを海に突き落としたい。いい年して可愛い子ぶっててムカつく。けれど突き落として赤髪海賊団と争うなんてことになるのはごめんだし、そうならなくとも結局おれがシャンクスを引き上げることになるのだ。そんな面倒なこと誰がするんだ、という話で。 「じゃあ上行こうぜ、上」 「……赤髪、その腕で上がれるのか」 「あ」 忘れてたって感じの間抜け面のあと、シャンクスが舌を出してどじッ子アピールをしてくるものだからぶん殴りたくなった。何故余計な手間を増やす。なに考えてるんだこいつは、という怒りをぶちまけたいが、何度怒ったところで無駄だということは長年の付き合いで理解している。もっぱら体力の無駄遣いだ。それでも苛立ちだけは感じてしまうのだけれど。 上がる前に棺船をレッド・フォース号に繋ぎ、へらへらしているシャンクスを肩に担ぎ上げる。「うおっ!?」という声が聞こえてきたが気を使ってやることはない。そのまま縄梯子を上りきって顔を出すと、ベン・ベックマンやらラッキー・ルウやらヤソップが挨拶してくれる。古参のクルーはさすがに慣れきってるなーという感じだが、あまり見たことのない連中はおれの登場にビビっていた。怖くないよーと言えればいいのだが、抑止力にならないといけない七武海としてはそんなこともできない。 注目を集めている原因はおれの肩に乗りっぱなしのシャンクスのせいでもあるので、容赦なくシャンクスを甲板に落とした。カエルを潰したような声を出していて、さらに文句まで言ってくる。いや、受け身とれよ。 「いってーよ! もう少し優しく扱ってくれてもいいんじゃねェか?」 「上につれてきてやっただけでも十分な優しさだと思うがな」 「そりゃそーだな! ありがとう!」 わはは、と笑いながら素直に礼を言ってくるシャンクスには好感が持てるので、まあ、嫌いになることは一生ないだろうと思う。ちらりと周りを見渡すと宴の準備中だったようで、ああまたこいつら呑むのかと遠い目になりそうだった。こいつらほんと呑みすぎ。おれに思われるくらいだからよっぽどだぞ、ほんとに。 「よーし、鷹の目も来たことだし宴始めるぞー!」 「おー!」 え、何でおれ待ちだったの? 今日は見つける気がする、とか思って待ち構えてたの? 絶対あり得ないと思うのに、シャンクスならできそうだからちょっと怖い。かくして赤髪海賊団プラスおれの宴会は始まったのであった。 ・ ・ ・ 「おーい、鷹の目ぇ、呑んでっかァ!!」 「呑んでいる。その酒瓶を傾けるな」 シャンクスは三時間も経つとべろんべろんの分かりやすい酔っぱらいになった。いつものことなのでスルーをしたいのだが、さすがに自分の頭の上に酒瓶を傾けられそうになったら止めにかかる。酒のせいで力が入っていないのか、腕をつかめばすぐにその手が止まった。しかし次の瞬間、おれの口に向かってその酒瓶を押し進めてくる。純粋に力で勝っているので押し負けることはないが、鬱陶しいとは思う。 「おら呑め! おれの酒を呑めー!」 「その勢いで来られたら酒瓶と歯が衝突するだろうが馬鹿者」 「あー? たしかに!」 たしかに! じゃねえよ本当にこいつは。典型的な絡む酔っぱらいだから面倒くさい。おれは一人で呑むか、真剣な話し合いをするか、他の連中が騒いでるのを端で見ているのが好きなんだよなあ、ほんとは。いや別に近くで騒いでもいいけど。つーかもうシャンクスに関してはそんなものだって思ってるし。 結局おれの横でシャンクスは馬鹿騒ぎした挙げ句、おれの膝を枕にし始めた。まさかこいつ寝る気じゃ……となったのはおれだけではなかったらしく、ベックマンが非常に申し訳なさそうにおれを見た。 「あー、悪いが、寝室まで運んでやってくれねェか?」 「……わかった」 仕方がないので寝そうになっているシャンクスを脇腹に抱え込むように持ち上げて寝室へと連れていく。こんなことは一度や二度ではないため、シャンクスの部屋はわかっているからするすると歩を進めた。初めのうちは部外者であるおれが船室に入るってどうなの? と断っていたがその度に『お頭が信頼してるし鷹の目ならいいぞ』と親戚のおっさんみたいな扱いを受けるので、最早許可なんてとらなくなった。まあ本当に何もする気ないしいいんだけど……ちょっと不用心じゃないかね。 シャンクスの部屋のドアを開けて、ベッドに下ろしてやる。先程のように投げて吐かれたら堪ったもんじゃないから結構やさしめだ。ベッドに転がしたらシャンクスがぼんやりとした目でおれを見てくる。 「あー……? あー……鷹の目? ここ、」 「お前の部屋だ」 「……そうか、鷹の目ぇ」 「なんだ」 「脱がしてくれー」 「はあ?」 思わず素が出た。けれどそれに気が付いた様子もなく、「あーつーいー」とシャンクスが駄々をこねはじめたので仕方なく脱がしてやることにした。刀を背負いっぱなしだとやりづらいので夜を下ろしてからシャンクスの服を脱がしてやる。ボタンを外して、起き上がらせて、シャツを脱がす。いい身体してやがんなーと思い、一発くらい張り手してやろうかとも思ったがやめた。相手は酔っぱらいだ。吐かれたら困る。脱がせた服は放り投げて椅子にかける。さすがおれ、投擲もできるなんて素敵! 内心で自画自賛していると、シャンクスが手を伸ばしてきて、そのまま腕をおれの首に引っ掛け、顔をぐっと近付けるように引き寄せてくる。そしてそのままおっさんがおっさんにキスを噛ますといううすら寒い状態に陥った。口じゃなかっただけマシだが、背筋がぞわっとした。 「ありがとなァ」 「……やめろ赤髪、気色悪い」 「んだと、おれのキッスを受け入れられねェってか! やめてやらん!」 ヤバい、絡み酒の酔っぱらいが再発した。ちゅっちゅっと顔面中にキスを噛ましてくるこの男、どうにかならんのか……。真顔になってしまったおれに構わず、口にまでキスをしてくる。酔いすぎだこいつとため息をつけば、口が開くのを待ってましたとばかりに舌を突っ込まれて、頭がくらくらした。勿論、悪い意味でだ。しかしまあ、巧い。四皇として名を馳せているだけのことはあるとちょっと違った方向に意識を向けての現実逃避。 ……酔っぱらいのすることだから仕方ないと思うことにした。長い付き合いのシャンクスだし、許そう。そう決めたら二人とも目蓋ガン開きでディープキスの経験とか貴重〜とさえ思えてきた。……超マグロ対応なのに楽しいのかな、こいつ。 ぷは、と唇が離れる。直前に唾液を飲み込んだシャンクスの口はべとべとだ。仕方ないのでシーツで顔を拭ってやる。んぐんぐ言っているがおれの知ったことじゃあない。シーツを退かすと眠そうで、少し不満げな顔をしている。 「んだよぉ、」 「それはこちらの台詞だ、さっさと寝ろ」 「えー……」 「えーじゃない、いいから寝ろ」 上半身を四十五度ほど起こしていたシャンクスを押してベッドに沈める。明るくて寝れないなどと言われては堪らないため、目元を手で覆ったらシャンクスにつかまれた。……あ、身動きとれない。寝てから取りゃあいいか、とため息をつく。 しばらくそうしていたらシャンクスが小さな声で「ミホーク、」と呟いた。寝言だったのかもしれないけれど、滅多に呼ばれることのない名前を呼ばれてちょっと嬉しかった。だからおれも「なんだ、シャンクス」と声をかけてみた。寝てるのだから当然返事はなかったけど。 くっつき心地 ミホーク成主で、赤髪さんとの関係や赤髪さんちにおじゃました話@sioさん リクエストありがとうございました! |