フィッシャー・タイガーの死は大きく報じられしばし世界は荒れたが、そもそも大海賊時代を迎えたせいで外海は荒れているのだ。今更という気もした。しかし政府はそう思えないようで、おれをきちんと七武海の座に縛っておきたいようでご機嫌伺いのような書状が来た。これ以上でかい勢力が暴れまわられると困るに違いない。海軍も大忙しと言ったところか。──おれに近隣の海賊の討伐依頼が舞い込んでくるほどにだ。ついでにその周りも食い散らかして欲しいらしい。全くもって笑える。底を見せる馬鹿がどこにいるというのか。エニシダがぐらりと倒れる。……またか。


『わー! エニシダ! たしかに蛇姫様は美人だけど! 気をたしかに!』


 エニシダの蛇がきゃあきゃあと慌てている。可愛いやつだ。蛇は目がよくないものが大半なためおれの美貌はそこまで通じないが、蛇の世界でもおれが美人であることには変わらないらしい。蛇に求婚されることもしばしばあるし、ハンコックの美貌、ヤバすぎるだろ。世界一の美女だから仕方ないのかもしれないが。サロメが苦笑する。


『笑わない方がみんなのためかもね』

『自然現象だろ……どうしろってんだ』


 立ち上がりエニシダを起こしてやると、支えているおれの顔面を近くで見たせいかまたぐらりと倒れかけた。とりあえず無表情を保とうと思う。ほかのものを呼んでエニシダを起こし、書状を届けさせる準備をする。返答はこうだ。
 ──やってほしくばそれなりの見返りを用意しろ。
 アマゾン・リリーの周りに立ち入らないという協定は、七武海の加入と上納についてのものである。それ以上のことをしてやるつもりはない。九蛇海賊団は従わない。自分の意志であるという強気の姿勢を崩せば食われるのはこちらだ。国は守って見せる。必ず。

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 書状にはほかのことも書いてあった。年に一度、周りから奪ったものを上納するために出向けとのことだった。お前らが取りに来いと突き返した。当然だ、あんな忌まわしい土地に行きたいわけもない。契約時に取り決めを行わなかった奴らが悪いのだ。そのせいで海軍船はアマゾン・リリーから五キロのところで停泊しなければならない。海軍船などどうなってもいい。むしろ沈め。
 だが生憎なことに海軍船はそこにあった。本当に残念なことだ。船員を下がらせて甲板に出れば、そこにいた男の姿に思わず眉間に皺が寄る。


「……黄猿、そなたか」


 沈めばよかったのに、と露骨に嫌悪が顔に出た。今はまだ中将だが、いずれ三大将と名乗るに至る男だ。今のおれの実力では船員たちを守れないほど強い男である。おれと肩を張るような強さの男は片っ端から消えてくれてもいいんだがな……レイリー以外。にこにことした笑顔が癪に障る。


「長いこと待たされたから来ないかと思ったよォ〜」

「ふん、大した時間は待っておらんはずじゃ。すでに用意してある……遊蛇の頭に乗せてそちらに寄越そう。さっさと持って行け」

「わかったわかった。そんなに睨まなくてもいいじゃないの〜」


 おれが男嫌いであることも政府嫌いであることも人間嫌いであることも知っているはずだろうに、よくもまあそんな口が叩けるものだ。黄猿のやつは全部に引っかかっているんだぞ。睨むぐらいで済ましているおれの温情に感謝してほしいくらいだ。おれが苛立っているのにもかかわらず、黄猿はまだ話しかけてくる。


「で、海賊の討伐についてだけど、見返りに何を求めてるんだい?」


 見返りを求めたおれに応える気でいるとは、本当に海軍は切羽詰まっているのだろう。おれの言葉をノーという意味だとは受け取らなかったらしい。ただの嫌味として受け取ってくれてもいいと思っていたのだが、とんだ意趣返しだ。ふむ、おれとて欲しいものはある。海賊の討伐とは釣り合わない無理難題だがな。


「そうじゃな、技術者がほしい」

「技術者ァ? 何するつもりだい?」

「そなたらには関係あるまい。言い方を変えるか? 海軍の技術の一部を我が九蛇に流出しろと言うておる」


 ぴくりと黄猿の眉が動き、「ほォ〜なるほどねェ〜」と笑みを作る。目の奥は笑っていないようだ。おれをいぶかしんでいるに違いない。戦争を起こす気なのではないか、とか、色々と勘ぐっているだろう。
 とは言え戦争を起こす気はないし、プロトタイプのパシフィスタ程度の威力じゃあ困る。二年後の一味に簡単に壊されるようなレベルじゃあ防衛の役に立たない。だったらレーザー砲を設備するほうがよほどマシである。全方位型のレーザーか……悪くないな。まずは島に近付けないことが一番だ。あとは武器の強化だろう。ショットガンやライフル、構造はわかっているがおれに作る腕はない。やはり技術者が必要だ。
 しばらくおれを探るような視線を寄越していたかと思うと、やれやれとばかりに黄猿はため息をついて帽子をかぶりなおした。


「何考えてるのかわからないけどそれはできないねェ〜」

「そうであろうな」

「ホント、何考えてんだかねェ……」


 黄猿はおれのことが好ましくないのだろう、全然うまく笑えてないぞ。危険人物だとでも思っているんだろうが、七武海はそうでなければ務まるまい。黄猿の嫌そうな顔を笑いそうになる唇を抑えた。
 黄猿は荷物を積み終えると去っていった。おれたちも船を出す。さてはて──技術者どうするかね?


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