執務に行き詰った、ので、気晴らしに遠征をすることにした。と言ってもそこまで遠くに行くつもりはないし、補給の必要がないところまでしか行かないのが常だ。基本的に九蛇のメンバーは強いがやはり海戦の方が慣れているし、陸地の文化を入れられると迷惑になることもありえる。転換は面倒だ。知識や文化は脅威である。少なくともそれをおれは理解しているつもりだ。……必要なものもあるのが更に厄介である。
 船の上で考えるのも国のことばかりだ。一番は家族、二番は国、三番はわずかばかりの知人。あとは全部滅びてくれても構わない。特に政府だ。ついでに海楼石もなくならないだろうか。海楼石さえなければアマゾン・リリーに訪れるものなどまず消えるはずなのに。……イライラする。優先順位は揺らいではならない。絶対に、揺らいではならない。


『ハンコック、大丈夫?』

『……大丈夫さ、サロメもいるしな』


 心配そうに声をかけてくれたサロメに返事をすれば、それが強がりだということも見抜かれたようで尻尾で頭を撫でられる。あー、本当に可愛いな、サロメは。愛が爆発してサロメの顔にちゅっちゅっとキスを落としているとノック音が聞こえてきた。さすがにこんなところを見られたら恥ずかしくて死ぬ。サロメから顔を離し、「入れ」と声をかけるとソニアの姿があった。ああ、今日も愛らしいおれの妹! 愛らしさに頬が緩む。我が妹は本当に癒しだ。ソニアはどうやら報告に来てくれたようだった。


「姉様、シャボンディ諸島の近くまで来ちゃったわ」

「シャボンディ諸島か、懐かしいな」


 かくまってくれた恩人、レイリーとシャッキーの住むところだ。……気晴らしに、陸に上がるのも悪くはないが、シャボンディ諸島は危険だ。あいつらクズどもがのさばっている可能性もある。奴隷を連れ歩いている人間を見たら、それが自身を苦しめた張本人たちでないとわかっていても確実にキレるだろうと予測できる。七武海を受託した以上、そんなやつらを殺すわけにもいかぬのだ。──歯痒い。国のためにはなるかもしれないが、仇敵を討てぬ気持ちはおさまりがつかない。たとえ、おれたちが奴隷であったことを知る人間どもをすでに殺しつくしていても、だ。


「……姉様、レイリーたちに会ってきたら?」

「どうたのじゃ、急に」

「なんだか最近の姉様、思い詰めているみたいだから……」

「ソニア……!」


 まさか気づかれていたとは……しかも心配されていたなんておれはお兄ちゃん失格だな。ソニアやマリーには気づかれていたのだろう、情けない限りだ。しかし以前会った時からそんなには経ってもいないし、会いに行くのも気が引ける。おれがそうして渋っていると、ソニアはおれの腕を取って引っ張り立たせた。驚いて目をぱちくりとさせると、ソニアはまっすぐにおれを見て言った。


「施政について悩んでいるんでしょう? 私たちじゃ力になれない」

「……そのようなことはない。第一、レイリーたちは海賊じゃぞ。施政などわかるわけもない」


 いくら外海の知識を持っていても彼は海賊だ。海賊にしかできない考え方というのもあるだろうが、おそらくおれが必要としているものとは違っているだろう。──九蛇には九蛇の、アマゾン・リリーのあり方というものがある。しかし周りの国のことを知っておくのもまた必要だ。ただ国を守るという使命がある以上、遠征をするにしても限度というものがある。一番近いのは魚人島だが……奴隷が解放されてからまだ幾分も経っていない。ぴりぴりとしていることは確実だろう。ただの海賊と一緒にされては困りものだ。大恩人のフィッシャー・タイガーはまだ生きているし、ジンベエもまだ七武海には加入していない。勿論オトヒメの殺害もまだ……とくれば、確実に行きたくはない。自分の都合だけで動けるほど、おれの立場は軽いものじゃあないのだ。
 本当なら。恩を返すべく、フィッシャー・タイガーを助けに行きたい。行けるものでないのはわかっている。自分が奴隷であったことをばらすようなものだ。そんなことは絶対にしてはいけない。できるわけもなかった。おれはアマゾン・リリーの皇帝、ボア・ハンコックである。国のために生きねばならない。だからおれはフィッシャー・タイガーを見殺しにする。解放してくれた大恩人を、見殺しにするのだ。


「……ソニア、すまぬが航海士にアマゾン・リリーへ帰港するよう言ってくれるか」

「会いにいかなくて、いいの?」

「ああ。会っても仕方があるまい」


 嘘だ。ただおれが会いたくないだけ。今恩人であるレイリーやシャッキーの顔を見たら、大恩あるフィッシャー・タイガーを救いに行かずにはいられないからだ。ソニアが部屋を出て行って、サロメにしなだれかかる。自分の選んだ道はあいつらと何が違う? ……吐き気が、した。

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 アマゾン・リリーに帰港したのち、何も考えたくなくて修行と称してサロメと二人でルスカイナに籠った。完全に現実逃避だ、格好悪い。笑えないくらい、格好悪い。そうして日々を過ごしていたら、電伝虫が鳴り響いた。電話の奥では妹たちの嗚咽。──フィッシャー・タイガー訃報の知らせ。身体が震えた。鼻の奥がつんとして、今にも泣きだしそうだった。でも、おれにはそんな権利は、ないのだ。


「わざわざの連絡、すまぬな。世界が荒れる──わらわも国に戻ることとしよう。迎えを頼めるか?」

『も、勿論です、姉様……!』

「そのように泣くでない。くれぐれも、気づかれてはならぬぞ」


 フィッシャー・タイガー。おれにはあなたに謝る権利も、あなたの訃報を泣く権利も、そしてあなたを思う権利もないのだろう。──救ってくれたあなたを、おれは救わなかった。自分の意志で成したことだ。許しは請わない。後ろも向かない。ただただおれは、家族と国のために生きていく。


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