結局むせるほど泣いたため、顔をあげたときのアイスバーグの目蓋は真っ赤に腫れ上がっていた。よく考えたらおれの着ていた服は海水をたっぷりと含んでいたはずで、どう考えたって目にはよろしくないのである。余計なことをしてしまった気がしてアイスバーグの目元に手をやり、冷やしておくように言う。するとアイスバーグは泣いたという事実が恥ずかしかったのか、目線をそらして「……すまん、もう大丈夫だ」と曖昧な表情を作った。おれもいつまでも男の顔を触っているような趣味はないので、手を離した。絶妙に気まずい空気が流れたせいか、アイスバーグは「それで、」と話題を変えてくる。


「なんでお前はここに?」


 わあい、聞かれたくないこと聞かれちゃったー! 船がどっか行っちゃったってこと言えないしな……でもそれに答えないってのはおかしいし、どうせ船ないし……お願いするなら今しかないだろう。なんてったってアイスバーグは世界一の船大工の一番弟子だ。彼に船を頼むのが一番だろう。……言いたくないなあ。しかしそんなことを思っていても仕方ない。はっきりと告げねばなるまい。


「……嵐の中で船から放り出されてな」

「なっ、この時期はここら一帯アクア・ラグナだぞ!? この島に偶然流れ着けたからよかったようなものの……!」

「いや、泳いできた」

「お、泳いできた……!?」


 真実をはっきりと告げただけなのに何故かアイスバーグは、化け物を見るような目、というか、おまえ人間か? ってな顔をしてる。シリアスな空気じゃないのだけが幸いだがそれにしたってそんな顔しなくてもいいじゃないか……たかが嵐の中を泳いだだけだろ。たしかにアクア・ラグナっちゃあ危ないもんだってのはわかってるし、結構すごい嵐ではあったけど漫画では現役退いて何年なの? って感じのレイリーも嵐にあって泳いで島まで行ってたじゃん。だからおれにもできるだろ。だからアイスバーグの「今回のは特別デカかったってのに……」という言葉は聞かなかったことにしておきたい。まだ人間をやめたつもりはないぞおれは……普通の! 人間! だぞ!?


「でもそうか、じゃあ船は……」


 アイスバーグは寂しそうな顔をした。トムと一緒に作ってくれた、思い出の品。当然だよな……うう、すごい胸が痛む。おれ、追い打ちかけてるもんね? ただでさえ落ち込んでたアイスバーグの背中を蹴っ飛ばすレベルだよね? そんな状態なはずなのに、アイスバーグは「お前が無事でよかったよ」なんて言ってくれるものだから、おれの罪悪感ゲージは振り切れた。おれはまず夜を下ろして、湿ったというレベルを超えた帽子と上着を脱ぎ捨てて、アイスバーグを見た。突然のことにアイスバーグは何がなんだか、という顔をしている。


「預かっていろ」

「は!? お、おい待てよ!」


 そんな言葉は聞かなかったことにして、さっさとおれは海に向かって駆け出した。行ける! おれならやれる! 波しぶきをそこまで立てることなく入水して、泳ぐ。海水の中で目を開けると痛い。でもよく見える。綺麗な海の中には荒れ果てた材木の破片やらがある。どうか、それがおれの棺船のものじゃあありませんように!

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 ご〜ま〜だ〜れ〜! 一時間ほど遊泳していたら見つけられたとか、おれすごくね? そして一見どう見ても無傷な棺船も相当すごい。この嵐の中ちょっと流されただけとか何か神がかったものがあるとしか思えない。一時間もアイスバーグを待たせていることになるのでさっさと戻ると、おれが飛び出していったときのまま、アイスバーグは待ってくれていた。なんだか非常に申し訳ない。
 おれが船を持ち上げて歩いていると、アイスバーグは駆け寄ろうとして足を止めた。荷物があるからだろう、本当にいいやつだな……。そんなアイスバーグのところに棺船を持っていくと、アイスバーグは感極まったような顔をしてみせる。……遺作である列車が今も走っているとはいえ、それはある意味原因にも近いものである。手放しで喜べるものではないのかもしれない。


「……悪いが、整備してくれるか」

「! おれで、いいのか?」

「他に誰に頼めと言うつもりだ」


 船大工の知り合いなんてアイスバーグとフランキーしかいないぞ、おれは……。けれどアイスバーグはおれの言葉をどういう意味で取ったのか、感極まった表情のまま、頭を下げてくる。礼を言われるようなことをした覚えはないんだが……。というかちょっと待て、おれ、金一銭も持ってないよな? 積んでいたわずかばかりの金はおそらく流されたわけで……あかん。しかし言い出せるような空気ではない。ど、どうしよう……。ていうか生活費もないっていう……やばいぞこれは……。
 おそらく顔には出ていないが、おれが相当困っていると、アイスバーグはそうと決まれば! という顔をしておれのことを見てきた。


「とりあえず橋の下の工房に持っていくか。一番に見てやりてェとこだが、この時期は修繕が忙しくてそうもいかねェ……全部済むまではそこに住んでてくれ」

「……いいのか?」

「ンマー、何言ってんだ。どうせ金も全部流されちまったんだろ? 船のない間、どうやって生活するつもりだ?」


 そう言ってアイスバーグは初めておれに笑顔を見せた。それがとてもアイスバーグらしくって、おれもすこし笑ってしまう。「ならば、頼む」。頭を下げればアイスバーグは慌てておれに頭を上げさせた。そうしておれの奇妙なW7生活は始まったのである。


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