“鷹の目”、ジュラキュール・ミホーク。海軍関係者から聞いたところ、ジュラキュール地方で猛威を振るっていた鷹の目のような鋭い目付きの男ということであって、本名ではないとのこと。七武海の中でも割と古参に当たる男で、若くして七武海入りし、その名を世間に知らしめた。“鷹の目”はただ強かった。強いことは海賊にとって名を上げるために一番手っ取り早い手段だ。けれど“鷹の目”は強すぎた。“鷹の目”の周りには他人が存在しない。おそらく他人が介在できない何かを持っている。そして“鷹の目”もそれを必要としていない。強いからだ。“鷹の目”は強者である。その姿は宝石よりも美しく、よほど価値があるのだ。

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 ドフラミンゴにとって七武海とは少しだけ気分を上げてくれる面白そうな玩具であって、都合はいいがつまらなくなれば捨てるくらいはどうってことのないものであった。その日はなんとなく招集に応じる気になって、指定されたマリージョアの地に向かった。多分、なんの面白味もないだろう、なんて考えながら。
 議場にいたのはバーソロミュー・くまとクロコダイル、ジンベエだった。クロコダイルがいることはドフラミンゴにとって意外だったが、今いないメンバーに比べればどうということもなかった。引きこもりのモリアやボア・ハンコックは称号を剥奪されるような、よほどのことでもなければ来ることはないだろうし、“鷹の目”に至ってはどこにいるかすらわからない。気ままに生きている男だ、見つけることも相当な労力を要することだろう。


「よお、ワニ野郎。元気にしてたか? 砂漠からわざわざ来るなんて珍しいじゃねェかよ」

「ピーチクパーチクうるせェトリだ……ちったァ黙れねェのか」

「つれねェなァ……どうせお互い暇なんだからいいだろ?」


 玩具を見つけた子供のように嬉々としてドフラミンゴが寄ってくれば、クロコダイルは露骨に顔を顰めてみせた。いつでも戦ってやるぞ、とばかりの雰囲気に、海兵たちがざわついた。七武海同士が本気の戦いになれば、ただではすまない。しかしドフラミンゴの、何かしてやろう、という計画はすぐさま頓挫する。センゴクが議場に現れたからである。センゴクが来たとなれば、形だけでも大人しくしてやるのが筋というもの。適当な席に腰を下ろして、どうでもいい議題を半分ほど聞きながら新しい商売について考える。金を作ること、悪巧みをすること、それによりもたらされるものは、ドフラミンゴにとって楽しくて仕方がないことだ。
 思考に没頭しすぎて周りの一切を意識から除外していたドフラミンゴだったが、会議の最中に扉の開く音がすれば顔を上げることくらいはできた。そしてそこにあった姿に、先ほどまで考えていたすべてが吹き飛んだ。


「……来たのか、“鷹の目”」

「……」


 扉から入ってきたのは“鷹の目”だった。一言も話さず、驚いたセンゴクに軽く視線を向けただけで扉から一番近い席に腰を下ろす。生憎なことにドフラミンゴからは随分と遠い席だった。普段ならば絶対に現れない“鷹の目”の登場に、議会はぴりっとした空気に包まれる。だというのに“鷹の目”は周りに意を介さず、ただセンゴクの方を見つめていた。まるで用があるのは会議だけだと言わんばかりの態度だ。
 “鷹の目”が来たことだけでこの会議に来た価値はあったとドフラミンゴの唇が笑む。ドフラミンゴは珍しいものや己の予想に反するものが好きだ。何てお手軽に感情に波を起こしてくれるのだろうか。“鷹の目”は珍しくて、尚且つ予想を華麗に裏切ってくれる貴重な存在だった。


「フッフッフ、珍しいじゃねェか“鷹の目”。明日は槍でも降るのか?」

「……」

「おいおい、無視すんじゃねェよ。友好的に行こうぜ」


 ドフラミンゴが話しかけてみても“鷹の目”の耳には一切届いていないようで、ほんの一言も返ってこないどころか、すこしの反応すらなかった。“鷹の目”以外の誰かにそんなことをされようものなら軽く折檻していたところだが、ドフラミンゴは変わらず上機嫌だった。反応しないことなど想定内。それでも楽しいのは“鷹の目”という男が規格外に珍しい生き物だからだろう。


「……というわけで、以上だ」


 ドフラミンゴが“鷹の目”を見ているうちにいつの間にか会議は終わってしまった。見ているだけで時間を忘れるほど面白いだなんて“鷹の目”はなんと希少な生き物なのだろう。そんなことを考えている間に、もう用はないと“鷹の目”は立ち上がって行ってしまう。ドフラミンゴが追いかけるか、はたまた監視をつけるか、どちらにしようかと考えて監視をつけることにした。相手にされない今は、相手にされるようになることが先決だ。弱味などないだろうが、好みでもわかれば多少の変化はあるかもしれない。“鷹の目”が扉に向かって歩いている姿はまるで絵になる。騎士でも気取っているつもりなのだろうか? その服装が似合っているところもまた不思議で楽しくなる。最早何があっても“鷹の目”は面白いのかもしれない。


「ちょっとおいで、ミホーク」

「……」


 つるがそう言うと“鷹の目”は足を止めたではないか。予想外の行動。更にドフラミンゴの考えを嘲笑うかのように“鷹の目”は振り返り、手招きをしているつるのところまで素直に足を運ぶ。信じられないものを見た、という感じだ。つるの言動も、そして“鷹の目”の行動も。周りはそのことに目を見開き驚いているというのに、当の本人たちとセンゴクは少しだって周りを気にかけない。


「あんたに聞きたいことがあるんだ。このあと時間があるなら食事にでも行かないかい? 勿論、お代はこっちが持つ」


 “鷹の目”を食事に誘ったつるを見て、当然のように“鷹の目”が頷くわけがないと思った。証拠とは言わずとも、“鷹の目”はぴくりとも反応しない。ほら、やっぱりそうじゃあないか。と、ドフラミンゴが考えた瞬間だった。


「食事は構わんが、おれは女に金を払わせる趣味はない」


 “鷹の目”が、口を開いて声を発し、つると会話をしていた。しかも了承の意を伝えた上、食事代は自分が持つとまで言っている。ドフラミンゴはこの想像もしていなかった事態に遭遇して、少しばかり混乱し頭の中が焼けつくような気がした。ドフラミンゴの大好きな想定外の出来事だというのに、少しだって楽しくはない。少しだって面白味を感じることはなかった。つまらないわけではない。驚きもしている。けれど、それ以上に腹の底からムカついていた。ドフラミンゴ自身にも理解できないほどの激情は腹の中でぐるぐると渦巻き、いつもニヤニヤとした笑みを張り付けていた口が怒りに歪んだ。


「紳士なあんたならそう言うと思ったよ」


 まるで“鷹の目”のことを理解しているとばかりの言葉と楽しそうな笑い声、そして立ち上がろうとしたつるに差し出された“鷹の目”の手。それらが引き金となって、ドフラミンゴの中で爆発した。ゆっくりとした足取りで歩く二人にも聞こえるように、大きな音をたてて立ち上がる。つるがその音を気にして振り返ると、“鷹の目”も軽く振り返った。金色の眼に、ドフラミンゴは今映っているのではない。おそらく光が反射しているだけで、“鷹の目”はドフラミンゴと言う存在を認めてはいないだろう。それが怒りを助長させる。


「どうしたんだい、ドフラミンゴ。一緒に行くかい?」

「……は?」

「だから、お昼御飯だよ。忙しいのなら引き留めはしないけど、食事するくらいの時間はあるんだろう? 今日ならミホークが奢ってくれるからね」


 怒りをぶちまけようとしていたはずのドフラミンゴの口は、間抜けに開かれたまま固まっている。何を言われているのか、いまいち理解できなかった。来るかい? お昼御飯? 食事? ……“鷹の目”と? 驚いているドフラミンゴをよそに“鷹の目”は眉間に軽く皺を寄せた。初めて見る表情の変化だった。


「おい、何故おれがあいつの分まで払うことになっている」


 その言葉は、“鷹の目”がドフラミンゴのことを認識しているということだった。それだけでいきり立っていた感情は容易に萎んでいった。それどころか歓喜が沸き上がって来るものだから、にわかにドフラミンゴは困惑した。どうして自分はたった一人の人間に振り回されているのか。


「あら、ケチな子だねぇ」

「払わんとは言っていない」

「じゃあ文句を言うんじゃないよ。ほら、行こう。お店は取ってあるんだ」


 それとあんたたちも来るかい? なんて言葉が残りの七武海たちにも向けられる。くまは即座に「予定があるんでな」と断り、ジンベエは首を横に振って、クロコダイルはおかしそうに笑って「タダなら行くか」と頷いた。


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