サロメが喋ります


 九蛇と言えばそれはそれは恐ろしい海賊団だと恐れられている……らしい。らしい、というのはおれはその海賊団の一員からちょうど船長になったところなので、いまいち外からの評価というものがわからないのだ。しかし船長としての初遠征で片っ端から海賊船や商船を襲ったので、いい感じに悪名が立っている可能性は高い。これできちんと七武海の要請があればいいのだが……。


「おかえりなさいませ!」


 船がアマゾン・リリーに到着すると国中の人が集まっているのではないかと思うほど大量の人で溢れかえっていた。どこを見渡しても女、女、女。さすが、男子禁制アマゾン・リリー。軽く手を振って声援に応えてやれば、きゃあきゃあ言って倒れる子も多数。たしかにおれは超がつくほど美人だし、強くて美しさは留まるところを知らないし、きゃあきゃあ言ってくれるのは可愛いけどそこまで行くと引いてしまうのが男だ。……そう、“蛇姫”“皇帝”等と言われているが、おれは男である。この男子禁制のアマゾン・リリーにおいてただ一人の、……男? である。
 断言できないのにはちゃんとした理由がある。本来ならばこの国で生まれた子供は女だけのはずなのに、おれの母親は妊婦のくせにそりゃあもう豪快に遠征にもついて行った。おかげで帰国途中で産気づいたためか、両性具有として生まれてしまったのだ。だから身体的に男とは断言できない。初産であったことと生まれたばかりの赤子を殺すことは躊躇われたのか、先代皇帝の慈悲もあり生かしてもらったが、おれを特例として誤魔化す理由がちょっと暴論だと思う。“性別を超越した者”──ものは言い様だな、本当に。おれから言わせりゃあただのふたなりだ。
 そしておれが男側の立場に立つ理由、それは生まれ変わりというものを体験しているからである。前世においておれは男だった。ついでに言うのならこの世界についてもいくらか知っていた。ワンピース。それがこの世界の名前であり、おれを面倒な状況に追い込んでいる理由でもあった。なんせ、ワンピースは漫画で、おれは展開を知っていて、今生のおれはアマゾン・リリーの皇帝ボア・ハンコックなのだ。それ以上に問題なのが、ハンコックに男性器が付いているという状況である。なにこれ倒錯的! なんて喜べるわけもない。


「おかえりなさいませ、船長としての初めての遠征はどうでしたかニョ?」

「ニョン婆か、今帰った。成果は上々、と思いたいがな……ほら、読み物じゃ」


 原作のハンコックと違っておれは自分の美貌を振りかざすような性格じゃあないし、助けてくれたニョン婆ことグロリオーサのばあさんには恩義も感じているので仲はそこそこ良好だ。ニョン婆の為にわざわざ商船の積み荷から引き抜いてきたラブロマンス小説を渡すと、ニョン婆は喜びに打ち震えていた。「へ、蛇姫がわしに……!」と涙声なのでおそらくは孫が初任給で何かプレゼントしてくれたような嬉しさが彼女の中にあるのだろう。おれが海賊でなく、本が盗品でなければいい話だったのに。
 話はまた城で、と軽く言葉を交わしてから猿女車に乗り込んだ。誰も見ていないからと思いっきりサロメにしなだれかかる。鱗を撫でるようにしてやればサロメは笑った。


『お疲れみたいだね、ハンコック』

『精神的にな……これからやることが山ほどあるんだ』

『大丈夫、きっとハンコックにならできるよ』


 ちゅ、とおれの顔にキスをしてきたサロメにおれもキスをお返しする。可愛いやつだ。サロメが人間だったらおれの嫁にしたのに、という聞かれたら捕まりかねない本音はさておき、実はおれは転生する際におまけでももらったのか、生まれつき某児童向けの文学書のようなパーセルマウスで蛇と名のつくものとなら会話が可能である。サロメもそうだし、遊蛇もそうだし、国中にいる蛇たちも会話ができる。蛇はいい、人間のように画策しないから。
 城に着いてエニシダから色々と報告を受ける。正直前世で一般人をやっていたおれに皇帝という職は重いが、ハンコックとして生きていく以上は避けられないことだ。


「それから蛇姫様に世界政府からこんなものが」

「……来たか」


 書簡を開けば、七武海への誘いの手紙だった。原作通りに事が進んだことへの喜びからではなく、国を守るための最善が作れたことに関して笑みがこぼれる。これでアマゾン・リリーの安寧は一時的にではあるが保たれる。その間に海軍が近寄れぬ設備を整えなくてはならない。おそらくとても悪い顔で笑っているのだろう、サロメが『人でも殺しそうな笑い方だね、一等に綺麗だけど』と笑っている。周りにいた侍女たちやエニシダがふらふらと倒れたのはそのせいか。……きれいすぎる顔と言うのも困ったものだ。立ち上がり、近寄ってみると気絶していた。ハンコックの笑顔はそこまでの威力があるのか、自分の顔だけど怖い。ぱしぱしとエニシダの顔を叩き、意識を取り戻させてやる。


「はっ……! す、すみません!」

「構わぬ。それより返答を書かねばな……墨と硯、紙を持て」


 エニシダが持ってくるまでの間にどういった条件を突き付けてやろうかと考える。原作では女ヶ島の半径三キロ以内への侵入を禁ず、だったか。とりあえずもう少し欲張って五キロとか十キロ以内にしておこうか。もし決裂したとして、三キロという範囲に妥協したと思わせることができれば、交渉も通り安くなる。それにカノン砲が進化すれば三キロくらいの距離でも砲撃される可能性だってある。国を守るためには不安材料はすこしでも取り除いておきたい。


『……やってやる、この国に手は出させない』


 九蛇に、アマゾン・リリーに仇成す者には死の鉄槌を。誰が相手でも容赦はしない。





 ──姉様、姉様! と妹たちの泣く声がする。皮膚と肉の、タンパク質の焼けつく嫌な臭いが鼻を突く。無力を味わっただけのおれが悲鳴をどうにか押し殺している。熱い。痛い。痛い。熱い、痛い! 焼かれているのは思考の方かもしれない。脳が焼けているような恐ろしい錯覚に陥るほどの熱。笑っている男どもが憎い。痛みを押し付ける強者が憎い。けれど何よりも妹たちも同じ目に遭うのだということが許せなかった。助けることのできない自分。ああ、どうかおれのために泣かないでくれ、大切な妹たち。許さないでくれ、無力なおれを。きみたちを助けられなかったおれを。


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