負ける勝負はしたくない。運命的に決まっているものなら、尚更のこと。──自分がカクという名前で鼻が角張ってて長くて愛くるしい目をしていて暗殺者にされるのだと気が付いたとき、前世の記憶的なものを思い出した。どうやら自分は成長した先でゾロという剣士に負けるらしい。おそらくそれは運命とやらで、逆らえることもないだろう。……そう思うのだけれど、どうせなら勝ちたいし、勝てないのなら戦いたくはない。


「と、思うんじゃがどうかの?」

「は、負け犬の思考だな」

「そうじゃのう、ワシは本当に負け犬だわい。わんわーん、っと、それじゃあとりあえず戦うか?」

「散々訳わかんねェこと言っといて結局戦うのかよ……まあ、その方が分かりやすくていい」


 刀を抜いて切っ先を向ければ、ニタリ、悪人顔で笑ったロロノア・ゾロを見るのは何度目か。思いながらも刀を構える。絶対に勝つ。今度こそ勝つ。何がなんでも、腕が飛ぼうが足がもげようが、ロロノア・ゾロを倒して見せる。命を賭けてでも。

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 激戦、というほどの戦いではなかった。それどころかおそろしく温いくらいだ。息一つ上がらず、傷一つ作らず、汗一つかかず。拍子抜けかもしれない。けれど自分にとってこれほどの充足感を得られたことはない。それは決して大袈裟な表現などではなかった。
 死ぬことはないだろうが、ぼろぼろになったロロノア・ゾロが床に転がっている。そして自分の手の中には三本の刀、『和道一文字』『三代鬼徹』『雪走』がある。──勝ったのだ。沸き上がるこの感情はなんだろうか、腹を内側から焼き、嗚咽として競り上がってくる。それを必死に押さえ込んでいると、ひどく厳しい顔をしていたロロノア・ゾロがぎょっとした表情でこちらを見ていた。


「な、なんでてめェが泣いてんだ……気持ち悪ィ!」

「そう言うな。ようやっと勝てたんじゃ、少しくらいはいいじゃろ」


 憎まれ口を叩いたつもりだったのだろうが、生きてきた長さと今回の勝利のあとでは全然効きもしなかった。自分の思いをロロノア・ゾロが理解することはないだろう。別にそれでいい。この燃えたぎるような感動は、気の遠くなるような年月をかけて自分一人だけに与えられたものだ。ようやっと勝てた、という言葉に引っかかりを覚えたのか、ロロノア・ゾロはわかりやすく眉間に皺を寄せている。なので、ヒントだけは与えてやった。


「二十三回目にして、お前さんに勝ったのはこれが初めてじゃ」


 前の二十二回が、どれほど気の遠くなるような日々だったか、ロロノア・ゾロにはわかるまい。前世を思い出す気持ちなど、負ける運命を背負わされることなど、知りもしないだろう。
 一回目、普通に負けた。二回目、そう悪くないところまで行った。三回目も四回目も五回目も、そう悪くはなかったけれどそれでは勝てなかった。六回目は武器を変えて大敗した。七回目はアワアワの実を食べて大敗した。八回目は違う部屋で待ち伏せてみたが負けた。九回目は長鼻の方を狙ったが負けた。十回目は今度こそといいところまで行って負けた。十一回目と十二回目は後ろから襲ってみたが大敗した。十三回目は勝てなかったので嫌になって自害した。十四回目からは刀だけで行こうと決めて、負けた。十五回目から二十二回までどうしても勝てはしなかった。二十三回目、運命を変えるため、なんだってやった。


「強くてニューゲーム──ま、お前さんにはわからんじゃろ」


 今じゃあロロノア・ゾロがどのタイミングで何を出すか、構えを見なくても空気でわかるくらいだ。ニヒ、と帽子を少しあげて笑うと、ロロノア・ゾロは苦い声で呻く。ああ、そうだ、手当てしてやらないと。ロロノア・ゾロの刀をソファに置いて、あらかじめ用意しておいた救急箱を片手に床に倒れっぱなしのロロノア・ゾロに近寄った。


「なんだてめェ……どうしておれの手当てなんて、」

「なんじゃ、そのままで仲間のもとに向かうつもりか? ワシ以外のCP9に会ったらあっさり殺されるぞ?」


 抵抗するほどの力も今はないのか、ロロノア・ゾロは手当てをする手を振り払うようなことはせず、大人しく手当てをされていた。ふむ、負けたらこんな感じなのか、ロロノア・ゾロは。また一つロロノア・ゾロのことを知れた。もしかすると次の機会が訪れるかもしれない。しっかりと取りこぼさずに覚えておこう。


「……てめェの考えがまるでわからねェ。二十三回ってのはそもそもなんのことだ」

「わからんでもいい。ただ、今回のワシの目当てはお前さんと戦うことだけじゃ、お前さんの仲間を追う気もない。……ルッチも負けるじゃろうしなァ」


 ルッチが万一勝つようなことがあれば残念だが麦わらの一味には全員死んでもらうことになるだろうが、おそらく今までの経験からしてそんなことにはなりえない。ルッチには何度も戦っている記憶がないし、自分の方が圧倒的に強いという自信がある。それが仇になるというのだが……まあ、ルッチには何度言ったってわかりはしないだろう。おそらく実力だけなら勝てぬ敵ではないというのに相手をいたぶって遊んだりするからだ。
 あらかた手当てをし終わって、自分の刀を腰に差す。それから三本の刀をロロノア・ゾロのもとへ返してやる。刀は持ち主を選ぶというし、ロロノア・ゾロの刀が欲しいわけでもない。あるべき場所にあるのが正しいだろう。ゆらり、とロロノア・ゾロが立ち上がり、刀を抜いた。美しい刀と構えだが、そんなことを褒めている場合ではない。


「おいおい、まさかワシとやる気か?」

「鍵を、もらってねェんでな……それに、おれは負けたつもりは、ねェ!」

「あ、鍵か。すっかり忘れとったわ。ほれ」


 切りかかってきたロロノア・ゾロの刀をいなしてから、ポケットから出した鍵を眼前に突き付けてやる。けれどロロノア・ゾロはその鍵を受け取ることなく切りつけてくる。ロロノア・ゾロと戦うことはこちらとしても喜ばしいことだが、それはこちらの、というか自分一人の勝手な意見だ。けれどロロノア・ゾロにとって、それが最良の結果であるとは言えないだろう。ぼろぼろのロロノア・ゾロは簡単に押さえ込むことができた。うぐ、と呻き声を上げたロロノア・ゾロをすぐに解放してやる。こんなところで失うべき男ではない。


「大局を見失うてはいかんぞ、ロロノア・ゾロ」


 これ以上怪我をさせたくもないし、自分はさっさとこの場を離れる方がいいだろう。ロロノア・ゾロの前に鍵を置き、一応用意しておいた好きそうな酒やら腹に溜められるものも置いておく。そしてこれから必要になるであろうものを持った。おそらく長官はまたこちらのせいにするのだろう。軍艦も奪わなければならないし、ルッチの手当てをできる程度の道具はいる。立ち上がろうとしたロロノア・ゾロを一瞥する。


「今はワシを倒すよりもニコ・ロビンの救出じゃ。おそらくワシが持っていた五番の鍵がニコ・ロビンの手錠の鍵のはず」

「……信用できねェな」

「ま、そうじゃろうなァ。ワシも番号を聞いておらんからおそらくとしか言えんが、長官が一番信頼しとるのはワシじゃ。さっき対峙したときもワシの傍から離れんかったろう?」


 本当なら護衛に自分を連れて行きたがっていた長官に戦わせてほしいと願い出てわざわざこちらに来たくらいだ。間違いなくそうだろう。色々とやってきた甲斐があったというものだ。さて、そろそろ行かなくてはならない。もしかしたら今生の別れとなるかもしれない我が宿敵を振り返った。床に這いつくばっている姿でさえ、美しいと思える。負け続けた自分だからこそ、思えるのかもしれない。


「お前さんは世界一の大剣豪になる男じゃ、応援しとるぞ!」

「……なんだそれは、たった今負けたおれに対する嫌味か?」

「わはは、そんなわけあるかい。ワシはお前さんに勝つためだけに生きてきたんじゃぞ、寧ろ今まで勝てんかった方がどうかしてるわ」


 二十二回、ただの剣士に負け続けた暗殺者のこちらの方が恥ずかしい。しかし今回ほどがむしゃらになったことは初めてだったように思う。逆に言えばここまでしないと勝てないのか、と思わされた。つくづく運命というものは自分に厳しい。背を向けて歩き出そうとしたところで、静かな声がかかる。軽く振り向くとロロノア・ゾロは胡坐を組んでこちらを睨んでいた。


「……おい、おれとお前は、ウォーターセブンが初対面じゃねェのか?」

「いいや、初対面じゃよ」

「本当にわけのわかんねェやつだな……」

「わけがわからんでもいい。ワシの一方的な熱情じゃからな」

「熱情とか気色悪ィこと言ってんじゃねェよ!」


 案外元気な声が聞こえて笑った。それにしても気色悪いとは失礼だ。そんな野暮な感情ではないと伝えようとして、ん? と自分のことを考え直してみた。初めの一回を抜きにして二十二回、長年思い続けてきた。今回に限って言えば、ロロノア・ゾロのことしか考えてこなかった。そしてきっと、ロロノア・ゾロ以上に気になる人間はこの世に生まれることはないだろう。ふむ。


「そういうふうに考えてみるのもありじゃな」

「はァ? 、って、めェ! 何しやがる!!」

「キスじゃろ? なんじゃ、初めてか? うぶじゃのー」


 すごく怒っているロロノア・ゾロに首を傾げたら、拳を振り回してきたがそれを避ける。むむ、剣士とは思えぬ剛腕。からかってやればすぐに真っ赤になる。それは怒りか、それとも羞恥か。どちらにしろ今、ロロノア・ゾロの中にいるのは自分だけなのだと思うととても気分がよかった。唇が勝手に笑う。


「わはは、やり返しに来い!」


 言って、ようやく部屋を後にすべく歩き出した。そろそろ他の部屋でも決着がついている頃だろう。ブルーノを回収して、カリファを回収して、クマドリを回収して、ジャブラを回収して、フクロウを回収して、ルッチを回収か。随分回収するものがある。そこで、あ、と気が付いた。そう言えば勝ったら報告しろと言われていたんだった。部屋の隅に置きっぱなしになっていた電伝虫のダイアルを回して、電話を掛ける。


「あ、ワシじゃ、今勝ったから報告しとこうと思うての」

『……カクか』

「そうじゃ、ワシじゃ。聞いとったか?」

『ああ、聞いている。負けたらどうしてやろうかと思っていたところだ』

「どうせ酒買うてこいとかそんなんじゃろ? あ、しばらくそっちに仲間を連れてお邪魔するかもしれん。酒持ってくからいいか?」

『……勝手にしろ』

「おお、勝手にするわい。それじゃあな、ミホーク先生」


 がちゃん、と電話を切ってさっさと部屋を出たところでロロノア・ゾロの「はああああ!?」というような叫び声が聞こえたのは、気のせいだということにしておいた。


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