イーグとして活動し始めて一週間ほど経ったが、トムの一件もあったせいか雑魚海賊が多すぎて治安が悪いため、おれは大活躍だった。漁をしながら大工たちに代金を払わない雑魚海賊を殴り飛ばして屯所まで持っていき、それからトムズワーカーズに帰る生活だ。多少治安がよくなったと言えればいいのだが、残念なことにこの島にはたくさんの海賊が来るので終わりは見えなさそうである。
 こうして陸で生活をし、イーグと呼ばれ、アイスバーグや町の人たちと言葉を交わしていると、すこしばかり故郷を思い出した。帰ってみたいと思う反面、迷惑をかけたくないという思いが強くなる。アンニュイと言えばいいのか、気鬱と言えばいいのか。みんなが優しくしてくれるから余計にそんなふうに思ってしまうのだろう。
 そんなおれは今日も今日とて漁に出て素手で海王類を倒した。漁師の勘が戻るまで少しかかったが、もとより刀も使わず漁を行っていたのだ。サイズも大きいものではないし、これくらいのことは慣れたものである。うろこを傷つけないように持ち上げて浜辺を歩いていると、市場が見えてきた。おれに気が付いたらしいおかみさんがこちらを見て驚いたようだった。


「あらイーグさんそれ海王類!? 今日も捕まえてきてくれたの!」

「そうだ。売れるか?」

「買い取ってあげたいんだけど、市場に出回ってるものじゃあないからどれくらいの値をつければいいのかねェ……とりあえず旦那を呼んでくるわ! ちょっと待ってて!」


 海王類は小さくても希少だったりするので、研究したいという学者やら標本にしたいというコレクターやら試食したいというグルメやら何やら、結構需要のある獲物である。何せ捕まえられるやつが少ない。例えば四皇、海軍将校、七武海あたりなら何の問題もないだろうが、それだって能力者ばかりだ。一匹や二匹ならともかく、囲まれたらひとたまりもないだろう。ゆえに一般人にはまず捕まえることができない希少品なのである。
 そんな捕まえづらい海王類を取ってきているので、ありがたがられているのだが、実際値段をつけるとなるとまた別だ。魚屋に持って行っているが、さっきもおかみさんが言っていたように市場に出回らないので相場というものが存在しない。誰に売るか、誰が欲しているかで値段が決まるのだ。コレクターなんかがいるときならそっちに売ってしまった方が楽かもしれない。別におれはアイスバーグに払える分だけの金があればいいので、大した額はつけなくていいんだが……。


「おうイーグさん! 今日も大物だな!」


 海王類としてはそうでもないのだが、おれよりも大きな海王類を大物ではないと言ってしまうのは一般人らしからぬと思い、うなずくだけに留めておいた。市場を取り仕切っている旦那さんは、おれの取って来た海王類を見ながら呻いている。わりと鱗もきれいだから装飾品にもなるし、食べられるのであれば何人分の肉になるかもわからない。それなりに高値で買い取ってやりたいが売れてみないとわからないといった感じか。時間がないというわけではないが、おれはそろそろ行くところがあるのでお暇することにした。


「値段は売れた額の三割で構わん。あとでアイスバーグに渡しておいてくれ」

「三割ィ!? あ、ちょっと待てコラ! そんな安い額で取引できるか!」


 旦那さんは怒っているようだったが知ったことではないとばかりに市場から立ち去った。海列車でつながった美食の街に卸せばそこそこいい値段になるだろう。むしろ贅沢をするわけでもないおれにとっては三割でも大金なんじゃないか?
 昼はアイスバーグと食べる約束をしていたので、アイスバーグの職場に向かっていると怒号が聞こえてきた。ちらりと視線をやれば、案の定というかなんというか……アイスバーグが海賊に絡まれていた。また金は払わないとかそんなことを言い出したのだろう。その海賊の頭に軽く回し蹴りを入れてやるといいところに入ってしまったようでばたりと倒れこんだ。ハラハラと見守っていた観衆がほっとしたり歓声を上げたりしていた。──海賊に人権なし、である。おれもそのうちの一人だと思うと本当つらい。


「おお、……イーグか。悪い、助かった」

「気にするな。こいつは?」

「いつものケチな海賊だ」

「そうか。屯所に放り込むか?」


 ここでそんな質問するのはこの海賊が二束三文にもならない可能性があるためである。海賊船を補修して金が取れないとなると、大工たちは大損だ。名の売れている海賊であれば突き出して元がとれることもあるだろうが、そもそも名の売れている海賊は船大工を仲間にしていたり、あるいは金をきちんと払う。微妙にしか賞金のかかっていない海賊ばかりがこういったちんけなことをするのだ。
 屯所に突き出してみれば懸賞金もわかるが、実際に二束三文だった場合、大工たちは赤字になるかもしれない。乗ってきた船がそれなりだというのなら、解体したり売り払ったりすることで元がとれるのかもしれないが、プラスにならないんじゃ意味がない。慈善事業じゃないのだから必ず利益は必要だ。


「それなりの賞金首のようだから突き出してきてくれるか? おれはその間にここを片付けとく」

「ああ、わかった」


 今回の海賊においては、その心配は杞憂であったようだけれど。アイスバーグにうなづいてから、海賊を屯所に放り込みにいった。
 道中でキャプテンを取り戻さんとして襲撃してきたやつらもまとめてお縄にした。数が多すぎるためそいつらはふん縛り放置しておく。はじめに捕まえたキャプテンだけを屯所に放り込むと、駐在している海兵に敬礼された。


「イーグさん本日も海賊退治お疲れ様です!」

「ああ」


 そもそもの話、お前らがしっかりしてくれればおれがこんなことをする必要はないんだけどな。それを言うのは酷だということは、おれも重々承知の上だ。
 ここの担当になった連中は、まずこの土地の出身者ではなく、街の構造に慣れていないので何かあってからその場に向かうまで非常に時間がかかてしまい、海兵がその場に着く頃には事件が解決してるのなんてのは日常茶飯事だ。大工たちが荒事に慣れすぎているというのもあるが、ここの住人は基本的に自衛できる連中ばっかりなのもあってあまり困っている感じではない。担当の海兵が慣れた頃には異動なんてざらだ。しかも優秀ですぐに海賊を捕まえられるような海兵は本部へと抜かれてしまうため、こういった支部はいつまで経っても慢性的な人手不足だった。


「こいつの手下は向こうに転がしてある。回収してくれ。それから懸賞金はいつもどおりアイスバーグに頼む」

「わかりました! あっ、イーグさん! 上官からの言付けなんですが、」

「……なんだ?」

「漁師をやめて是非海軍にとのことでした!」


 いやそれマジ勘弁。気が付いてないみたいだけどおれ七武海だからな? 海軍になんか入れるわけもないし、っていうか、え? たしかにおれは強いけどなんでおれ? 他にも屯所に突き出してるやつなんていくらでもいるだろ。


「悪いが、そういったことは考えていない」

「うう……ら、来週こちらに上官が来ますので会っていただけますか!?」


 それやばくないか。この変装は鷹の目のミホークを以前の手配書でしか見たことのない一般人の目は誤魔化せても、七武海になったおれに会ったことのある人間が見たらわかってしまうかもしれない程度のものだ。絶対にやばい。上司がどれほどの階級のものかはわからないが、うっかり将校だった場合、結構面倒な展開になるかもしれない。
 おれはノーともイエスとも言わずに首を竦め、その場を立ち去ることにした。剣を使わなければ大丈夫だと思っていたが、七武海という力をおれは舐めていたのだ。そこまででもないと思っていたがそれは過小評価、目立ちすぎたようだ。来週までにはW7から離れた方がいいだろう。
 アイスバーグの職場まで戻ると、仕事の片づけを終え、昼飯を食いに行く準備はできているようだった。二人で適当に近くの店に入り、適当にメニューを頼む。すこしこじゃれた喫茶店のような場所だったため、大工たちばかりというわけでもなくお昼時だというのに店内は閑散としていて落ち着いていた。近くの席には特に誰も座っていない。話すなら今だろう。


「アイスバーグ、おれの船はどうなっている?」

「ンマー、整備は済んでるぞ。基本的には使い方がいいから壊れてる部分もねェしな」

「そうか。なら、そろそろここを離れる。世話になった」


 サービスで渡された水を飲みながら言えば、アイスバーグの動きが止まった。それからゆっくりと動きを再開させて、同じように水を取った。口元に運ばれたコップが傾いて、水が喉の奥へと落ちていく。コップを空にさせたアイスバーグは笑っていた。どうしようもないくらい下手な作り笑いだった。


「ンマー……そうか、そうだな、お前は海の男だ。陸にいる男じゃあない」

「……アイスバーグ」

「ああ、悪い。なんだか詰るみてェなことを言ったな。お前は何も悪くねェってのに……お前がいる生活に慣れちまったみたいだ」


 どうして泣きそうな顔をしてるんだ、なんて言えるわけもない。わかりきっているからだ。トムが亡くなってからまだ一年だ。トムは無実の罪で死に、フランキーも行方不明、トムズワーカーズは離散し、今アイスバーグは一人で自分を支えて立っている。トムの弟子という、本来なら誇るべき称号も、今じゃ汚名でしかない。歯を食いしばって頑張っているのだ。辛くて寂しいに決まっている。
 そこにトムを忌むことのない、誇るべきだと言う理解者が現れた。おれである。タイミングが悪かったと言えば、悪かった。もし現れなければきっとアイスバーグは一人でずっと立ち続け、時間とともに乗り越えただろう。だがおれが現れて、アイスバーグの気持ちはずいぶん楽になったはずだ。たった二週間にも満たない時間だったが、気を緩ませるには十分だったと思う。だからそんなおれがいなくなると知って、アイスバーグは寂しいし辛いし苦しいのだ。
 その気持ちは、故郷を追われざるを得なかったおれには、痛いほどわかるような気がした。気がしただけだ。根っこのところはきっとわからないだろう。だからわかったふりをするのも同情するのも共感するのもなしだ。おれはアイスバーグの傍にいて支えてやれる友人じゃあないから、そういったものは傷を抉るだけだろう。


「お前と過ごした日々は穏やかで、気が楽で、楽しかった。時期を空けてまた来る。そうしたら船を見てくれ。そして酒でも飲み交わそう」

「……はは、そうだな。そう……だな……」


 アイスバーグは多分本心から笑って、そうしてうつむいた。目元を押さえて、ああまたこいつ泣いてるんだなと思ったが、触れないことにした。いい年して何回も泣いている場面なんて見られたくないに決まってる。どうにも手持無沙汰になってしまって、おれが喫煙者ならよかったのに、と思った。


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