「身内に裏切られ憎しみを燃やしながらも死にかけてたところを若に拾っていただき、早十数年。若には本当に恩を感じているんだ。入院していたおれの代わりに手を回して裏切り者どもを引きずり出してくれたり、そのあともファミリーだと世話を焼いてくれたりな。今もそれは変わらないんだが……最近、何かがおかしいんだ。
 まず自室に戻るとたまに若がいる。これは別にいい。おれが若から一室もらっているのだし、おれの部屋にいたいというのならそれも構わない。なんならおれが出ていってもいいくらいだ。だが、同じベッドで寝るのはおかしくないだろうか。護衛が必要な状況だというのなら同じベッドではなく、おれが見張りとすればいいだけであるし、家族としてくれているとはいえあの狭いベッドでは寝づらいだろうに。
 そういえばこの前も、風呂に入っていたら若が入ってきてな。浴槽のある風呂じゃないぞ、シャワールームだ。さすがにびっくりした。男が二人もいたら異様に狭くてな。そのときは若が先に入りたかったのだと思ってその場を辞したのだが、どうやら対応を間違えたらしくそのあと眠るまで若は不機嫌だったんだ。何が悪かったんだったんだろうか……。なあ、どう思う?」


 普段から関わりが多いと言えないグラディウスから少し話があると部屋を訪れてきて、何かと思って警戒していたコラソンの顔が思いっきり歪んでしまったのは致し方のないことだと思う。元よりドフラミンゴの全てを盲目的に肯定しそうなグラディウスのことを好いてはいなかったが、こんな相談をされて顔を歪ませないほうがおかしいというものだ。コラソンはため息をつきながら紙に書いて返答した。


『なんで おれに きく?』

「弟だから何かわかるかと思ってな」


 コラソンがグラディウスを特に苦手だと思っている原因は、グラディウスが“ドフラミンゴの弟”としてしかコラソンを見ていないからだろう。スパイとして潜入している以上そのほうがいいとはわかっているが気分のいいものではなかった。グラディウスはドフラミンゴにしか価値を見いだせない人間なのである。ファミリーのこともどう思っているのだか、という印象だ。
 『しらん』と一言だけ書いて突き出せば、ゴーグルの奥で困ったような顔をしているのが見えて、コラソンはもう一度ため息をつきたい気持ちに駆られた。何故今普段変わらない表情を感情豊かに変えて、捨てられた子犬のような顔をしているのか。
 コラソンは知らんと言葉を返したが、ドフラミンゴの気持ちなどわかりきったものである。それは弟だからではなく当人ではないからだった。話を聞く限り、ドフラミンゴはグラディウスに惚れているのである。だからベッドに忍び込んで一緒に眠ったり、風呂に侵入するような真似に出るのだ。グラディウスとて相手が自分であるということを除けばきっとすぐに気づけただろう。
 グラディウスはドフラミンゴを崇拝と言っても過言ではないほど過剰評価している分、自己評価が異様に低い。そのため神がゴミクズに惚れることなどあり得ないのだと本当に思っているのだ。


『ちょくせつ きけば?』

「まさか! 言わないということは察せよということだ。そんな無様な真似などできるか」


 そういう気持ちは汲めるのに何故わからないのだろうかとコラソンは頭痛がしてきたような気がした。そんなことを言っていたらおそらく永遠にわからないままだろうに。コラソンは兄であるドフラミンゴの惚れた腫れたには関わりたくないし、本人に聞くのが一番であるという旨を何度も伝えたがグラディウスは無様な真似はできないと断ってくるばかりだった。
 コラソンがため息をついてグラディウスを見れば、グラディウスは不意に時計に視線を落とし、ハッとした様子を見せた。


「こちらから話を持ちかけておいて悪いが仕事の時間だ」

『いってらっしゃい』


 この相談が終わるのだと思うとコラソンは嬉しくなり、ついそんな言葉を書き込んでしまった。普段ならばそんな言葉をかけないというのにもかかわらずである。するとグラディウスがわずかに笑ったように見え、コラソンは驚いてわずかに唇を開いてしまった。グラディウスという男は、とかく笑わない。マスクのせいだけではない。というよりは感情の変化がドフラミンゴへの尊敬から来るものか、ドフラミンゴのような怒りの感情のみなのである。
 笑ったように見えただけだろうとすぐにいつもの無表情に戻し、立ち上がったグラディウスを見送るように視線を向ければ、予想もしていなかった言葉を口にされた。


「また何かあったら報告する。そのときはよろしく頼むぞ」

『なんで』


 相談が終わりではなく、一時中断なだけだとわかったコラソンはつい険しい顔になった。ドフラミンゴの恋愛になど関わりたくはない。そして先ほど『なんで おれに きく?』と書いた紙の『なんで』の部分を指し示せば、グラディウスはすこし間を開けてからコラソンの疑問に答えた。


「お前が気のいい人間なのは知っている。本当は子どもを蹴りたくないのも、悪党にむいてないのもな。それから、頼られたら断れないだろ?」


 コラソンが瞠目している間に、若には言わないでおくから、とグラディウスはやわく目を細め、まるで笑ったかのような表情で部屋を出ていった。グラディウスが出ていってからしばらくのあと、コラソンは動けずにいた。
 誰にも知られていなかったはずのことをするりと言い当てられ、普段は見せぬ笑みを見せたグラディウスが、妙に頭に焼き付いたようだった。ドフラミンゴの弟という価値しか見出していないはずなのに、粗暴なフリをしているのに、どうしてそんなことがわかってしまったのだろう。ドフラミンゴを一番に考えているはずなのに、何故自身を庇って報告を怠るような真似をするのだろう。どうして。なんで。

 じっと身動ぎもせずに、考えていたコラソンはそうして納得してしまった。ああ、なるほど、これは惚れるわけだ。環境さえ問題なければグラディウスはまっとうに育ったであろうことは想像に難くないとコラソンは思った。人をよく見ていて、人に気を遣うことができるグラディウスは、もしかすると自分よりもよほどまともな感性の人間なのかもしれないと錯覚してしまいそうだった。自分にだけ笑ってくれるとなれば、妙な優越感も湧いてくるというもの。さきほどまで苦手だと思っていたのにおかしな話である。

 兄であるドフラミンゴから恋人の座を掠め取ることはそう難しくはないだろう。グラディウスはおそらく直接言葉にして好きだと押せば簡単に落ちるタイプだ。ドフラミンゴと血の繋がったコラソンの言葉なら尚更に。そしてドフラミンゴも言葉にしていない分、可愛い弟であるコラソンに当たることもないはずだ。コラソンは気が付かなかったと言えばいいだけのこと。それだけでグラディウスを手に入れることは可能だ。
 だがグラディウスの一番は未来永劫ドフラミンゴのものだということには変わりない。そうなると育ててくれた大恩あるセンゴクを裏切ることなどできないコラソンにとって、グラディウスの傍に居続けることは不可能に近い。ならば自分が本気になる前にあの二人にはさっさとくっついてもらって、そして二人仲良く監獄に行ってもらうのが一番いいはずだ。誰にとっても、それが一番いい結果になる。
 そうと決まれば話は早いとコラソンは立ち上がり、ドフラミンゴのところに向かうことにした。グラディウスが相談してきたこと、まったく気がついていない鈍感であること、わからせるためには言葉にしたほうがいいこと──あとは何を言えばいいだろうか。考えながら歩いていると思いきり足を滑らせて頭を打った。

胸の痛みには気がつかないフリをして
若誕の予定で書いていたら別物になっていた物を再利用


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -