船内でぼうっとしていたら食事だなんだと乗組員たちが何かと世話を焼きにやって来てくれた。これだから男は、と思わなくもなかったが、魚人だからそんな態度をとっていると勘違いされたくはないので軽く礼だけ言っておいた。
 そのうちにドアの付近に乗組員たちが溜まり始めた。おいお前ら……気が休まらねえからやめろ。そんなふうに言ってもよかったのだけれど、外からジンベエの怒るような声が聞こえ、そしておれに宛てがわれた部屋へ入ってきた。至極不機嫌そうな顔をしている。カルシウム足りてないんじゃねーのこの人。


「クルーをたぶらかすのはやめてくれ」

「男など誑かさずとも勝手に寄ってくるわ。わらわらと外に集まられると気が散ってかなわぬ」


 美人すぎてつらい人間の気持ちなんかわからないだろうが、四六時中誰からか視線が向けられるんだぞ。鬱陶しいにも程がある。自分の部屋ではそういうことはないが、国を歩いても船に乗ってても海賊ぶち殺してもどこに行っても視線独り占めだから。
 ふたりで視線をバチバチと交わしあって、埒が明かないと話題を変えることにした。サロメが茶化したみたいにおれは旅行をしに来たわけじゃあないのだ。


「時にジンベエ、会談の予定はどうなっておる」

「間が悪いことに王妃は今地上に行っていておらん。王との挨拶程度は可能じゃが、会談は王妃が帰ってくるまで待ってもらう他あるまい」

「……地上へ?」


 ジンベエの嫌みったらしい言葉など頭に入らぬほど聞き捨てならない言葉があった。オトヒメが地上に。人一倍身体の弱いオトヒメが地上へ出る理由など、ただ一つ。待て待て、すこしタイミングが悪すぎやしないか。ハンコックだなんて壮絶な人生を送ってきたおれの悪運はここに来て更に極まったのか?
 黙り込んだおれに対し、ジンベエが不思議そうな、というよりも疑わしきものを見る目で見てくる。否定して欲しいと思いながら、ゆっくりと言葉を発した。


「オトヒメ王妃は天竜人を送り届けに行ったんじゃな」

「……何故お前さんがそれを知っている」

「知れて困ることならはぐらかさんか」


 ジンベエの口振りからおれの想像通りであることが確定した。思わずはあ、とため息をつく。ジンベエの言った通りだ。本当に、なんという間の悪さだ。
 これはおれが犯人扱いされるおそれが非常に高い。魚人島で囲まれでもしたら逃げ場がなさすぎてヤバい。ホーディなら間違いなくおれに罪をおっ被せようとすることだろう。おれだってそうする。なんせおれは悪名高い九蛇海賊団の船長で、人間だ。罪の着せやすさナンバーワン。


「ひとつ忠告しておくぞ。王妃はこの先、間違いなく命を狙われる」

「あ!? 何故そんなことがわかる……まさか貴様、」

「わらわが狙っているのならこんな話をするわけがなかろう。お前の頭は空洞か? よく考えろ」

「……何故王妃が狙われにゃならん」


 おれの言葉がキツかったせいでかなり反感を買ったようだが、それでもオトヒメの一大事になりかねないとあっては、聞かずにはいられないようだった。場合によってはおれを殺す気でいるのだろうが、おれに勝てると思ってるのかこのサメ野郎は。もし殺し合いになるのならおれも負けるつもりは一切無いぞ。
 一瞬血気盛んになりかけたが、その気を沈め、ふうと息を吐き出して「いいか」と話を続けることにした。


「王妃はあの豚どもから書状のひとつでも貰ってくるだろう。友好関係に賛成する、とかなんとかな。それにより魚人島住民の移住が現実味を帯びてくる」

「ぶ、豚ども?」

「汲め。天竜人のことじゃ」


 天竜人の何が悪いかって、まず天竜人という名称がよろしくない。忌まわしいだけのあの所有印も天翔ける竜の蹄だなんて中二病患者が大喜びしそうなネーミングはやめてほしい。名称だけなら背中を焼かれたこのおれでさえ格好いいと思うさ。あんなものをつけてくれやがったやつも、おれたちをあんな目に遇わせてくれたやつも、もうとっくにこの世にはいねえけどなァ。
 驚いたジンベエがおれのことをじいと見ている。豚と言ったことがよほど信じられなかったようだ。タイヨウの海賊団ではそういう蔑称は出なかったのだろうか。いくらタイガーが優しいお人だったとはいえ、彼も恨んでいたはずだが……。


「肥え太った豚を豚と呼ぶことに何か問題があるのか」

「いや……人が、天竜人に対しそこまでの嫌悪を露にするのは、初めて見た」

「民衆は大将が怖くて誰も口にせぬだけじゃ。あれは害虫、人類を蝕む悪しき病にほかならぬ」


 国というものをおれが背負っていなければ皆殺しにしようとしてもよかった。タイガーがあいつらと同じになるなとタイヨウの海賊団のみなに言っていたことは間違いなんかじゃないと思うが、それを実行できるかどうかはまた別の話だ。あの人はすごいと本当に思う。ジンベエが面を食らっているのを無視して本題に入ることにした。


「話を戻すぞ。要するに人間と共生することを望まぬ一定の層にとって、王妃の存在は邪魔にしかならぬということだ」

「待て、それではまるで、」


 人間との共生を望まぬもの。その言葉は人間の立場から物を言っているわけではない。おれの言葉でそれをはっきりと理解したのだろう。おれはホーディが犯人であると分かりきっているからこそ、そういう言葉が出てしまっただけだけれど拾ってくれるのはありがたい。


「人間がどう思っているかなどわらわも知らぬ。元来アマゾン・リリーは外から来るものを受け付けぬゆえな。だがそなたらのことならばわかるぞ」

「人間であるお前さんに何がわかるっちゅうんじゃ!」

「ではそなたはこう申すのだな。自分や同族たちが虐げられてきた過去のある魚人や人魚の中に澱んだ感情がどこにもないと──その感情が人と親しくしようとしている王妃に向かうことはあり得ぬと、言い切れるのだな」


 ジンベエは頷かない。頷けない。そうした澱んだ感情があることはわかっているだろう。いくらオトヒメが頑張ろうが誰しもが賛成しているわけではないはずだ。だが賛成ムードになれば口にできなくなることもまた事実。ジンベエ自身、タイガーからの言葉を思い出し仲良くしなければと思う反面、そのタイガーの境遇を考えれば丸ごと肯定することもできない。……だからこういう複雑な問題には関わりたくなかったんだけどな。
 そんな顔させたかったわけじゃないんだ。まだ擦れているような悪人面のジンベエが苦しそうにしているところなんか誰が見たいんだっての。原作のファンなら、ジンベエのこと大体好きだろ。ハンコックとして個人的に仲良くなることはできないだろうが、男であろうとも仁義を通すジンベエのことはおれも好意的に思っている。だから本当に、そんな顔をさせたいわけじゃなかったんだ。


「わらわの杞憂ならばそれでよい。しかし王妃が戻ってきたあと、もし書状を取り付けてくるようなことがあればその身の警護は強化しておくべきじゃ」

「……言われずともそうするわい」

「そうか。わらわも傍にいるときには王妃の身を守ると約束しよう」


 なにジンベエ、今のツンデレ? いや、ツンデレじゃない。デレてはいないし、きっとこの先もデレることはないだろう。おれは会議に参加することはないし、おそらく次に会うのは頂上決戦になるはずだ。……頂上決戦なァ、エースの命を助けてやれるとは思えないし、おれのポジションっておそろしく面倒くさいんだよなァ。あんな戦いに参戦するのなんて面倒くさいことこの上ないからどうにしてジンベエがエースを救ってくれねーだろうか。


「何故、お前さんが王妃を守る」


 ぼんやりとすこし違うことを考えていたら、ジンベエからこれでもかと睨まれてしまった。疑り深いというか、なんというか。その警戒心は間違っちゃあいないんだけどな……ちょっと面倒くさい。信用してほしいわけじゃあないが、そこまで警戒するのもやめてくれないかな。無理か。無理だな。わかってますって。


「理由はふたつ。もし魚人や人魚が犯人だった場合、わらわを犯人に仕立て上げるのが一番手っ取り早いからじゃ。もし狙われるようなことがあるのならわらわと共に外にいるときに狙われる可能性が高い」

「……もう一つはなんじゃ」

「国の未来を思い、行動できる力は尊敬に値するもの。死なせるには惜しい」


 あとは、救えなかったフィッシャータイガーへの贖罪──なんてそんなことは言えないか。見捨てたのだ。おれは大恩人を、あの地獄から救ってくれた大恩人を見殺しにした。ジンベエにとっても大事な人だったのは知っている。その罪を贖うことはどうやったってできやしない。それはおれが思っていいことじゃあ、ないのだ。
 ジンベエは言葉を詰まらせ、俯いてしまう。人間のおれがここまで言うと思わなかったとでも言いたげだ。人間は嫌いだが魚人はそこまで嫌いじゃないと言えばきっと驚かれるのだろう。そんなことを思いながら、ふと唇を緩ませればジンベエがすこし顔の血色をよくさせて怒鳴り声を上げた。


「笑うなと言ったろうが!」

「命令するでない、善処すると言っただけじゃ」


 言っとくけど笑うのって自然現象だからな? しかもわざとでもなんでもないからな? ていうかあれなの、ジンベエでもクラっと来ちゃう笑顔なの? マジでハンコックの顔どうなってんだよ……。


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