例の豚共への手出し無用事件の条件のひとつ、“国の視察と施政者との会談の場を設ける”という約束を守るべくセンゴクから連絡があったのはつい先日のことだった。海上での待ち合わせ場所はシャボンディ諸島よりすこし沖の位置だった。
 九蛇海賊団の目の前にいるのは、タイヨウの海賊団──すなわちジンベエのところの船だ。要するに、これから向かう先は魚人島リュウグウ王国である。国王のネプチューンから正式な招待状も届いていた。そりゃああの人たちなら受け入れてくれるだろうよ、なにせまだオトヒメが生きているのだから他国の人間と話が出来る機会は嬉しいはずだ。……死ぬ前におれが行ったとなるとその場におれが居ようが居まいが犯人扱いされる可能性ができてしまうんだがな……それだけは避けたいところだが、さてどうなることやら。


「……お前さんが“海賊女帝”ボア・ハンコックじゃな」

「ああ。そなたは“海侠”のジンベエに相違ないな」


 甲板に出てきたジンベエはおれの言葉に頷くわけでも、おれを船に乗せるわけでもなく、じいっとおれを見つめている。ああ、これはこの時点でひと悶着あるパターンか……。ただでさえ面倒だというのに、ひどく面倒な話だ。ジンベエは鋭い顔つきでおれのことを見ていた。


「お前さんが何を考えているのかはわからん。じゃが、できればお前さんのような危険な人物を会わせたくはない」

「だからここで引け、と?」

「そうじゃ。視察だ会談だと言うておるが、お前さんのことは微塵も信頼しておらん。何をされるかわかったもんではないわ」


 当然の話だ。うちのような海賊国家が今更どの面下げて会談だなんだという話を持ち出してくるのかという話になるだろう。おれだってもしそう提案されたら信用も信頼もしないし、というかまあそもそもアマゾン・リリーに勝手に侵入したやつは死罪だし男は入国許可降りないんだけどな。
 そんなふうにおれが思う傍らで我が妹たちが憤慨している。おれが怒ることが目に見えているため決して口にはしないものの、内心はジンベエたちの暴言でいっぱいだろう。──となれば致し方あるまい。


「ジンベエよ、口を慎め」

「……なんじゃと?」

「聞こえなかったか。口を慎めと言うたのじゃ。わらわがここにいるのは王下七武海九蛇海賊団船長“海賊女帝”としてではない。アマゾン・リリー皇帝ボア・ハンコックとして、正式な招待を経てここにおる。そなたの国では王の賓客に対し、そのような物言いをするのか?」


 こういう言い方をしたくはないんだが、おれも皇帝としての立場がある。へいこらと頭を下げてお願いするわけにもいかないのだ。基本外交など行わない国ではあるが、今後もそんなふうにしていけるわけではない。力しかないうちの国にとっては強気な態度というのは死活問題だった。
 ジンベエはぴくりと眉を動かしただけだったが、その周りの乗組員たちは空気をぴりりとしたものに変えていた。


「そりゃあ、すまんかったな。案内させよう」

「ああ。──ソニア、マリー。国のことは任せたぞ」

「はい! 姉様!」

「姉様も気を付けてね!」


 なんと可愛い妹たちだろうか。緩みそうになる口をなんとかこらえて、遊蛇の頭の上に乗り移動する。タイヨウの海賊団の甲板に降り立つと、鋭い視線があちらこちらから向けられた。ふん、とジンベエが鼻を鳴らした。


「あれが妹か。似ておらんな」

「ああ、わらわに似ず愛らしく育っただろう?」


 でもジンベエが妹たちの話題を振ってくるもんだから、こう、ついそう言ってしまった。ついでに緩みそうになっていた口が完全に緩んで、はっきりと笑みの形を作ってしまったと思う。するとあちらこちらから惚けたような視線が向けられ、何人かがくらりと倒れてしまった。あー……。
 ジンベエもすこし惚けていたがすぐにハッとして、ギロリとおれを見た。いや今のは不可抗力であってあんなことしようと思ったわけじゃないんだってば!


「笑わんようにしてもらっても構わんか」

「……善処しよう」


 わざとじゃねーんだって! と言えたらいいんだろうけれど、そんなことを口にできるわけもなかった。キャラじゃないからな。
 それにしても、と言わんばかりにおれの後ろで揺れていたサロメに視線を向けられる。サロメは右に左にと揺れながらシューシューと笑っていた。


「その大蛇、連れていくのか」

「幼き日より共に過ごした友じゃ、許可も降りておる」

「……もし危害を加えられた場合にはそれなりの対処をさせてもらうぞ」

「そのようなことはない。サロメはそこらの者よりもよほど賢い、そなたらが手を出さねば何もせぬ」


 逆に言えばおれやサロメに危害を加えようとした場合にはこちらも容赦なく対処させてもらうということだ。そこらへんはっきりと伝わったようで、ジンベエはまた顔を険しくさせていた。おれにとってのボディガードを兼ねていることもわかってくれだろう。サロメはそんじょそこらの蛇とは大違いだぞ。なにせ覇気が使えるからな……覇気持ちの動物は本ッ当に怖いぞ。
 しばらく見つめ合っていた、というかガンを飛ばしあっていたが、そのうちに船内に案内された。いつぞやのロビンのように逃げられないから、と断ってもよかったのだがどうせ海底に行くのだからおれに逃げ場などない。ありがたく一室をお借りして、いつものようにサロメに椅子になってもらって寄りかかった。ふう、とため息をつくとサロメが笑った。


『楽しい旅になりそうだね?』

『うっわ、嫌味ですかサロメさん』

『あれバレちゃった?』


 なんでか知らないがサロメはとても楽しそうだった。すこしひんやりとするサロメに体重をあずけて、おれも少しだけ笑った。


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