幼馴染みに首ったけな狡噛



あ、と。そう思ったのはどちらか一方ではなく、お互いである。その証拠に狡噛はにまっと相好を崩し口パクで「よ、」と言っているようだし、漣もそれに対して少しだけ口元と目元を緩めた。まさかこんな所で鉢合わせするとは。とこれは特に、少女の方が思う事であったけれど。



「漣は何にする〜?」

「あたしポテトエル!」

「おめーは漣じゃねーだろ」

「細けぇこたぁいいんだよ」

「ははっ。んー私は…ナゲット食べようかな」

「あ、いーね私もそれ頼も」

「あたしあとこれ…とこれとこれだな」

「はっwww頼みすぎwww」

「ほんとに女子かよwww」

「由美ちゃん食べるの好きだよねぇ」

「めちゃ好き。食べらんないくらいならいっそ死ぬ」

「つよ」

「ウケる」



元からガヤガヤと賑やかに過ぎるチェーン店内であるが、そこに華やかに響きを足す姦しい会話。その中から抜き取る耳馴れた1つの声は、他の3つに比べて、とても穏やかで少しばかり低い。



「…先輩?」

「…ん?」

「あの女の子達がどうかされたんですか?」

「、あー、そんなに見てたか?」

「見てたっていうか…あの女の子達が入ってきた辺りから、何か雰囲気が変わったなって」

「先に弁明しておくが、不埒な事は一切何も無いからな?」

「そんな事は一言も言ってないですけど!…先にそれを言うのは逆に怪しいですね」

「おいよせ、変な目で見るんじゃない。…ほら、前に話しただろ、幼馴染みと付き合ってるって」

「…?はい、聞きましたけど………、えっ?」

「あの銀髪の奴、アレな」

「、はっ?いや、えっ、ぎ、…エッ?」

「あんまり挙動不審だとお前が怪しまれるぞ常守」

「どっどええええいや待って下さい、だっ、だってアレ高校生、いや下手したら中学生ですか?!」

「今中3だな」

「………は、犯罪者だ………」

「あのな、言っておくがまだ手は出してないぞ。中学卒業するまでは健全なお付き合いに留めようってあいつと約束したからな」

「当たり前ですよ!!それ全然威張る事じゃありません!!」

「それに周りが何と言おうと、俺達は真剣に、ちゃんと、お互い好き合って、しかも最初から双方の親公認で付き合ってる。何も問題なんぞ有るもんかよ」

「?!…さ、最初から…親公認って…待って下さい確か付き合ってもう4年だか何だかって…えっ?」

「お、よく憶えてるな」

「……………」



はしたないだとか間抜けだとか、そういった事を言っている余裕など最早微塵も無く。開いた口が塞がらない。まさにこれである。友達と居る時はああいう笑い方もすんのか、なんてちょっぴり驚いたように、しかし新しい一面を見たと嬉しそうに、呑気に柔らかく微笑んで頬杖を着く狡噛の視線の先を確認する気にもなれず、常守は思わずと両手で顔を覆った。
いや、確かに、確かに先程2度見3度見をしてしまった1人の女の子、彼女は可愛さと共に綺麗で涼やかな印象を持てて、成る程確かにこの先輩がベタ惚れするのも頷ける――とは、思ってしまったけれども。あの子とお家デートをするために飲みを断ったり、あいつ以外に興味なんぞ無いと佐々山先輩からの合コンの誘いを一刀両断したり、一切の迷いの見えない首ったけな様子で、本当の本当に彼女さんが好きなのだなとは、思ってはいたけれども!



「――…って!狡噛先輩!」

「うお、何だいきなりでっかい声出して」

「何だじゃないですよ…!い、いいんですかこれっ私っ」

「…?お前が何だ?いいのかって何、」

「自分の彼氏が知らない女性と2人っきりって!彼女さん誤解するんじゃ…!」

「…あぁ、その事か。いや、2人っきりったってこんなファストフードのチェーン店だ「としてもでしょう…!」…だぁーいじょうぶだって。漣はそこら辺気にするようなタイプじゃない」

「えっえええ…!そういう問題…ですか…?!」

「あーハイハイ分かった分かった、そんなに心配なら、ホレ」

「ほっ、え?」

「自分で言っとけ」

「どわっえええええ?!」



大仰に諸手を挙げて降参のポーズを取った狡噛が、常守にポイと投げて寄越した物は紛れも無い彼の携帯端末である。こうして後輩の用事に付き合ってくれているくらいには仲は良い方だとは言え、それはあくまで先輩が後輩を助けるという単純な行動理念からだ。そこに則って共に行動しているだけで、恋人ではない相手に完全な私物(しかも携帯という、非常にプライベートな物である)をそうも簡単に触らせるだなんて――チラリと正面の男を窺うも、既に彼の注意は完全に別のところへと向いていて。
溜め息を堪え、常守は今し方危なげな手付きでキャッチを果たした手元の黒いスマートフォンに視線を落とす。トークアプリの見慣れた画面だ。こうなればえぇいままよ、と彼女は半ば自棄くそ染みた意気で文字を打ち込みに掛かるのだった。



< あの、えっと、今狡噛先輩と一緒の席に着いている常守朱(つねもりあかねと読みます。)という者です。初めまして。 >
< 学部が一緒で、いつも色々とお世話になっていまして、その、今日も私のレポート作りに付き合って下さってます。何て言うか、あの、一切全く邪な気持ちとか何も無くって!お嫌でしたらすぐ仰って下さいね!以後気を付けますので! >
< あっあと私が此方の場をお借りしているのは、先輩が自分で言えって言うからで…!!ほんっとごめんなさい! >

< 初めまして常守さん、私は神谷漣と申します。何だかご心配頂いているようで、わざわざありがとうございます。 >
< 私はそういった事は全然気にしないし、むしろ常守さんみたいな、気遣いの出来る素敵な方が慎也君と仲良くして下さっている事をとても嬉しく思うくらいです。この人は人を振り回すのが得意だから、却ってご迷惑をお掛けしていないか、此方が心配になりもする程です(笑) >
< というか、実を言うと、慎也君からよくお話は伺っています。貴女があの常守さんだったんですね!どうぞ今後もこの人の事をよろしくお願い致します。 >



「………あの………狡噛先輩………」

「ん、何だ。…お前何でそんな泣きそうになってんだ常守」

「いやぁ…これ…彼女さんすごく、とっても、あの何て言うか、尊敬します彼女…これで中3とか、私色々自信失くします…」

「はぁ?一体何言われたんだ、見せてみろ」

「先輩後生です、これ、この画面スクショして私に送って下さいいいいいいいあと漣ちゃんとライン交換していいですかああああ」

「ン"ッ、ふ、いや、スクショして送るのはいいが、交換していいかは…本人に訊いてくれ、ククッ」



狡噛がこの少女に一体どんな話をしているのか、そんな気になりすぎる一文の事もすっかり忘れて常守はまた再び文章を打ち込むのだった。





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