報われない黄瀬



彼女の恋人を何度か目にする事は有った。時々、校門まで迎えにやって来るのだ。その度に、絶叫して頭を抱えたくなるような気分に襲われたのだけど。何せ漣はとても嬉しそうに、全くの幸せだというように――或いは当然で自然とでも言わんばかりの、そんな表情と雰囲気なのだから。

腹立たしい事に、彼女の恋人の男は相当顔が良かった。この俺が悔しくも上だと認めざるを得ないくらいには、美形、というやつ。これでそうでなかったならどんな風にも悪く言えたのに。通った鼻筋と、深い彫り――そりゃそうだ、奴はアメリカ人なのだから。なんて、粗探しをしては突付く。冷静な自分が、滑稽な男だ、と、そんな俺をわらっていた。
しかも非常に憎らしい事に、奴は顔がいいだけでは終わらない。それなりに大きな会社の若社長らしく、収入はきっと俺よりも多い事だろう。そしてそんな役職に就いているくらいなのだ、頭もかなりいいのだと思う。大抵スリーピースだけど、たまに私服の姿を目にする時も有って、ガタイの良さを損なわない、清潔でシンプルで男らしい恰好からして、ファッションセンスの部分でも何の問題も無いのが判るのだった。よく見掛ける黒無地のワッチキャップに、よく見掛ける白無地のVネックに、よく見掛けるダークトーンのデニムとよく見掛けるダークグレーのチャッカーブーツ。全てがよく見掛ける組み合わせなのに、奴はどうにも――セクシーで、スタイリッシュで、人の目を引いた。ハッとして視線を逸らしたけど、瞼の奥に焼き付いて離れやしない。

ある時奴と視線が合った。そう遠くない距離の中で、目が合った。暗い金色が俺に向かってきて、一瞬瞬きをした後で、目元が緩んで和らいで。思わず泣き叫びそうになった。どうしてそんな目で俺を見る。何で、何の邪気も無いような表情で微笑むのか。きっと俺だったら敵意や嘲笑しか無い。――そしてそれが大きな違い、つまるところの、大人の余裕とでも。
お前は美形に囲まれて大変恵まれてるらしいね、なんて、間近の漣に可笑しそうに言い、彼女の目尻を指の背で一撫でする。いつも以上に猫みたいにして目を細め、奴の手に擦り寄ってから、世の中のおねーさん方お嬢さん方にめちゃくちゃ嫉妬されちゃうね、と。くすくす笑う漣。



さっぱりとしていて、察しが良くて、付き合いやすくて、隣が心地好くて、身を預けて甘えたくなってしまう、そんな子、そんな人。もし漣が自分の恋人になったとしたら、隙も疲れも無さそうな彼女の"本当のところ"を、俺に見せてほしい。同じだけ甘え合って、同じだけ助け合って、そういう事をしていきたいのだ。――だけどそれは、叶わないのだ。その願う在り方が、既に別の男と成り立っていたのだから、これ程の絶望と言ったら無いだろうさ。直接に見た事ではない。でも、嗚呼きっと、と。彼女と奴は、同じだけ甘え合って、同じだけ助け合って、そういう事をして共に居るのだろうと、何と無く思って、確信する。

俺は、完全に敗者だった――そもそも勝負など始まってもいなかった。
俺の愛しい人は、愛らしい様子で、自分の最も愛おしい相手と、愛を食べて生きている。

あのゆるりとした清廉で柔らかなものとは全くの反対の、ドロリと濁りきった重たいものが積み重なっていく。だけれどそんな苦しささえ、最早何処かへ消え失せていて。冷静な自分が、滑稽な男だ、と、俺を無表情に眺めていた。





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