狡噛はちゃんと見ている



『おかあさんが死んでからおとうさんがおかしくなっちゃったのは判ってました。それでもおとうさんは普段はまともで、そういうまともな時いつも私に言ってたんです。シビュラによるこの世界は狂ってるって。俺の理性が通じない部分でおれが言ってるって。だから俺はそれを信じるって』

『それで、言うんです。だけどそれを、おれが言う事を、俺が信じるそれを、お前が信じる必要は無いって。お前は、お前の理性の通じない部分でおまえが言う事を信じろって。濁ってない、しっかりした、綺麗な目で私に言うんです』

『そう言う時のおとうさんを、信じろってわたしが言うから、私はおとうさんの言う事を信じました。――"シビュラによるこの世界は狂ってる"。…でも、それで私がこうやって生きてるんだから、それはそれでいいやって。どうでもいいんです。何が狂ってたって、私はわたしを信じればいい』

『――私はシビュラの一部にはなりたくありません。気持ち悪いってわたしが言ってるから。それに、確かに私もそんなの気持ち悪いと思うし、何より嫌です。わたしは厭だって言ってる。…拒否したワタシをあなた達は、殺しますか?』



猟犬でもなく、或いはその飼い主でもなく。シビュラの最奥部にとって、同類であり、特別対象でもある私はただの"猫"だ。監視はされるが鎖には繋がれない。余計な事さえしなければ、そこそこ悠々自適なまま過ごしていられた。
平穏なそれを、手放すのか?たかだか男1人、犬1匹のために?わたしが眉を顰めてそう訊ねてくる。――あなただって、解ってるくせに。鼻で笑って言い返すと、かのじょは溜息を吐いた後で苦笑し、しっかりと頷いた。わたしは私で私はわたしだ。いつでも。

両手で覆ったそこから洩らす。こーちゃんと一緒がいい、こーちゃんが居ないとやだ、と。まるでも何も無く、ただの駄々かのように。



「…漣、」

「あのねこーちゃん。私、実はね結構トクベツなんだ。トクベツだから、ちょっと色々ゆるされてる。トクベツだから、今まですごく平穏無事に過ごしてられた。あのねこーちゃん、トクベツじゃなくなって庇護が無くなるの、怖い。怖いんだ。嫌なんだ。でも、怖いけどね、嫌だけどね、」



こーちゃんと離れるのはもっと怖くて嫌なんだよ。
吐き出して、そうして覆いを消す。目の前には、いつもとほとんど変わらない表情、のこーちゃんが居て。触れられる距離。手を伸ばして、ジャケットの胸元へ置く。そこにはこの人の、命のポンプが存在している。確かに、存在している。



「ワタシをいきさせてこーちゃん。ワタシがこーちゃんをいきさせるから」



トクベツが無くなっても、もう、構うものか。そう思いながら、彼を見つめる。こーちゃんが、短く息を吐いて言葉を紡いだ。



「――"おまえ"が、お前に言ったんだな。そしてお前はそれをやっぱり信じた」

「………何だ、気付いてたんだ」

「どっちのオマエも、俺はよぉく見てきたつもりさ」

「っ、こーちゃん、すき、」

「今更言う事でもないだろうよ。…が、嬉しいのも確かだな」



心配すんな、オマエを手放そうなんざこれも今更思っちゃいない。
そう、彼が口の端を吊り上げた。楽しげに、嬉しげに、そして不敵に。





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