Aube et Soir



カロス地方随一の大都市、ミアレシティ。円形状に、幾つか規則的に、それは幾何学模様かのようにも思わせる通りと建物の配置が為された、技術と芸術の中心地である。イッシュ地方にはヒウンシティという高層ビルの摩天楼が在るが、其処とは大いに異なった雰囲気の、美しい都市だ。
街の中央部メディオプラザには高くプリズムタワーが聳え、北外周には美術館・グランドホテル・駅と北ポケモンセンター、南外周にはポケモン研究所・トレーナープロモスタジオと南ポケモンセンターといった主立った施設が存在する。そして街中に点在するのが、レストランとカフェである。特に後者の数は数十を超えている程にも多い。




4番道路ゲートと16番道路ゲートの中間、サウスサイドストリートとノースサイドストリートの境を通る、水路が流れる通りのややノースサイドストリート寄り地点。言葉で説明するには長たらしくややこしい事この上無いのだが、仕方が無いものとして。
比較的静かなその付近の一角、建物の1階部分、テナントとして入っているのが『カフェ・オーブ=エ=ソワール』である。


カフェのオーナーは若い男で、名をギルと言う。彼は生まれも育ちもイッシュ地方ヒウンシティ、生粋のヒウン男児だ。多くの地方を旅して回り、最後にカロスへと至って此処に落ち着いたという訳である。元はミアレの人間では無いが、3年近く住んできた上、彼自身知識を取り入れ記憶する事に秀でていたためにこの街をよく知っているし、各所に知り合いも多い。案内を頼めば至極充実した気分を味わえるだろうし、行く先々で親しげに声を掛けられる姿を目に出来るだろう。それは人柄とコミュニケーション能力、これらによって形成された広い人間関係の一端なのだ。


Aube et Soir(オーブ=エ=ソワール)とは、ミアレの言葉で『暁と宵』を意味する。陽が昇る前と陽が沈んだ後、転じて1日の始まりと終わり、或いは夜。そういった思惑でカフェは名付けられていた。すぐ脇には日中でも暗がりの小路地、店の外装色は明度・彩度の低いダークブルーを基調にポイントとして黒を使い――故に日が落ちると、更なる時間の経過と共に闇へと溶け込んで同化するのである。営業時間も日の出日の入りに合わせているため、その様はまさに、夜。常連客はそんなこのカフェを、親しみを込めて『カフェ・ニュイ』とも呼んでいるのだった。
ゆったり、をコンセプトにしており、席数を少なくして1テーブルのスペースを広く取る事で空間に余裕を持たせた内装にしている。客も比較的長く居座るため、回転率も高くない。有名という訳では無いが、それなりに繁盛はしていた。ギル自身や彼の両親の伝手をフルに活用し、仕入れもかなり安く収めているから、至って穏やかに黒字経営である。そもそも稼ぐために店を開いていないので、生活に困らないだけの収入さえ有ればどうとでもなる事だった。


オーブ=エ=ソワールの開店当初よりの常連は、店舗付近に住まう老婦人や老紳士だ。珍しくカフェの無かったこの通りであるから、そういった人々に受け入れられるのも早かったのである。加えてコンセプトによる内装と雰囲気が、年配の人間に好まれるものであったのも理由に大きい。
そして何より店主。まだまだ盛りの若者であるというのに非常に落ち着き払っていて、気遣いや敬意も十分以上、様々な話題にも精通している。更には涼しげな目元と、気さくな、爽やかでいて穏やかな笑み――美醜で定めるなら完全に前者、それも中々のハイレベルな具合の青年を、年を召した老人と言えど女性が放っておくはずも無い。何をやらせても卒が無いような(実際その通りなのだが)彼は常に優しく応対するものだから、老婦人達の評判はSクラスの良さなのであった。




各地方を旅して回ったギルの交友関係は、とにかく広いの言葉に尽きる。店で使う食材は果物・木の実をイッシュ地方フキヨセシティから、モーモーミルクをジョウト地方アサギシティから産地直送で仕入れているし、茶葉やコーヒー豆、小麦粉等だってそうだ。より安く、且つ上等なものを。
また、フキヨセからの空輸において、その航空便の機体の操縦桿を時折フウロという女性が握るのだが、彼女の副職を通じて2人は知り合って現在に至る。フウロは飛行機の扱いが殊上手い。よって普段より迅速に食材が届く事も有る等、そういった面でも得をしている訳である。


そしてカフェには、付近の老婦人・老紳士、或いは次第に数を増やしている若い女性といったいわゆる一般人の他に、少し特殊な肩書きを持った人間もたまに訪れる。ザクロ、マーシュ、フクジ、パキラ、カルネ、シロナ、ゴヨウ等々――ポケモントレーナーであれば恐らくはほぼ大体の者が知る名。そう、ジムリーダーとリーグ関係者である。
己の拠点で無い街・地方のカフェ如きに職務の合間を縫ってわざわざ訪ねるなど、まず以て無い話だろう。それでもそうしてオーブ=エ=ソワールに顔を出す理由としては、店主のギルに会う事と、店で一時を過ごすためとに大きく分かれる。後者は飲み物と軽食をお供に、ザクロとマーシュは談話を楽しみフクジやゴヨウは読書に勤しむといったように。前者の人間はすぐに帰ってしまうのが大抵だが、時間に余裕が有る時などは同じくメニューの注文をして一休みしていくのだった。




店を切り盛りしているのは、正規ではオーナーのギルただ1人。それで十分間に合っている。但し、毎日従業員として働いている訳で無くとも、手伝いに入る者が1名――彼の恋人、レンである。2人の知り合い交際する事となった経緯についてはここでは触れないが、ギルと彼女は非常に仲睦まじく、実はそれも1つ、特に老婦人・老紳士達の来訪の理由となっている。そのカップルはお互いをまるで悪友とでもしているかのような遣り取りを多くしており、それが面白く、しかしそこには確かな信頼と愛情に満ちた関係が見て取れるのがいたく微笑ましいのだそうだ。
顔を出すジムリーダー・リーグ関係者の中にはむしろレンに会うがためといった者も居る程度には、彼女もやはり人に好かれている。何処か垢抜けていて、さっぱりとした笑みを浮かべ、ひょいと間に入ってくるかのような。少しくすみの有る銀髪は触らずとも如何に柔らかな質であるかが判る程に空気を孕んで、大きな猫目はサックスブルー。人はレンをよく猫ポケモンのようだと言うが、彼女の恋人は特にニャスパーと似ていると述べている。


2人のポケモン達も数匹、度々カフェを手伝っていた。ギルの手持ちからはバオッキーと控えからはゲンガー、レンの手持ちからはバオップだ。赤い子猿はかなりやんちゃな性格をしているため初めの内は些か不安だったものだが、本来この種は人の手伝いを好んでいる故か、邪魔もせず騒ぎもせず、トレーナーである彼女も正直驚くくらいにはきちんと働きを見せたのだった。以来、彼も大切な従業員である。
夏場はゲンガーが、冬場はバオッキーとバオップが各々手伝いに入った。おかげで店内の温度調節も機械ばかりに頼る事無く低コストで済んでいる。ゲンガーが呼ばれると彼は同じテーブルの空いた席に着き、ギルがそこへ好物のアイスミルクティーを置いたり。バオッキーは僅かな間だが客の傍らに佇むし、バオップは嬉々として膝の上に乗るのだった。




そんな『カフェ・オーブ=エ=ソワール』の店内には、今日も今日とて穏やかな時間が流れている。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -