『オート・アイギス』



――リフレクト。


高速で回転する、水で以て形成された手裏剣が狙い追った赤。四方から迫る飛来物、これを避け切れるものかとそれを齎した者達はほくそ笑んだ。さて、そうには違い有るまい。だがしかし、数秒後には彼らの表情も驚愕一色へと変わるし、狙った通りの結末にはならないのである。
火猿が1つ後方へ、素早く跳んで退いたその直後。回る刃は何かに行く手を、直撃を、阻まれた。軽い爆発、水の粒が弾けて煌めく。白煙の中から飛び出してきたのは、全く無傷の赤である。




――アシスト。


ヒュヴンと何かがやって来た。火猿が何も無い、地面の幾らか上、宙を踏み、軽く、高く、跳び上がる。何処か悔しげに仰いで睨んだゲッコウガを、叱咤するかのように鋭く鳴くタッグパートナーのテッカニン。先程何が起きたのか追究したいところだが、そればかりに感けている訳にもいかない。恐らくは、もしかして。そんな予想も有りはすると、幸いこれも即座思考復帰の多少の助けになっていた。彼らのトレーナーである男は、ギリと奥歯を噛み締める。気合いを入れ直した、だけでは無い。生憎、残念な事に。予想が事実であるとするなら、此方には大きな問題に挙がろうもの。




(クソッ…なんて運の悪い、)




トリッキーに、スピーディーに――それらへ殊重きを置いて、そうして2体を育ててきた。種族がその型を、この特化を、見事に適したやり方を可能にしていたし、自分の元に来た個体達の性格や個性が、これをまるで促していたから。技の威力を上げるよりも精度を磨き、攻撃を受けて耐える事よりも躱して逃げる技術を叩き込んできたのだ。相手を惑わせ狂わせ、此方は的確に精密に。――言ってしまえば、直接的なダメージを与えるのでは無く、敵方が自ら落ちていくよう仕向ける、そういった術ばかりを慣らしてきた訳であった。ゲッコウガもテッカニンも、実際の攻撃のパワーレベルはそれ程高くない。そしてきちんと、まともに技として繰り出せるのは、忍蛙は水手裏剣・辻斬り・燕返し、忍蝉は切り裂く・シザークロス・メタルクロー・辻斬り・燕返し――どれも全て物理属のもの。つまりは、そういう事だ。




(――そもそも!あんなリフレクターの使い方なんざ今まで見た事も聞いた事もねェ!)




蒼鋼のスーパーコンピューターが自在に、ただただ己の手先かの如くに、操る見えぬ壁が、巷でどう呼ばれているかなど男には分かる由も無い。ヴヴン、ヒュヴンと、それは1枚に留まらなかった。均一サイズの透明な盾が、時に縦横の隊列を成し、時に円状に、或いは層を形成する。遊ばせているかのように、ぐるりぐるりとメタグロスの周囲を緩慢に、けれども隙無く回る、巡る、これを誰らかは『オート・アイギス』と。


展開された反射壁は、何も防衛のためばかりでは無く。リフレクト、それから、アシスト。尋常で無い念動力が俊敏な動きを与える。さも、生きて自我を持っていると思わせる程である。盾は踏み板でもあった。それは足場に最適で在れと様々な角度に固定され、これによって空中さえも己の遊び場にしたバオッキーが、どれだけ素晴らしい軽業師であった事か。躍動感に溢れていたし、自由自在を好き勝手にしていた。アクロバット――高所歩行という語源が、その在りのままに此所へ成され、再現されたのである。
無論それを可能とするには、片方のみ、もしくは各々単体での技量が独立する、これだけではならない。2体の相互間において高度な関係性(つまるところは、意思疎通が言葉無くとも十分二十分に図られているかどうか等なのだが)が築かれていなければ、この曲芸は成立するはずが無いだろう。まぁ尤も、メタグロスというポケモンの頭脳にしてみるなら、演算処理による確率の計算や軌道予測その他エトセトラエトセトラ、相方の動きに寸分の狂い無く合わせるという難度の些か狂ったような事も案外簡単なのやもしれないが。




超速を誇るあのテッカニンですら、特性の加速を以てしたところで優位に立てるでは無かった。否、むしろ。その速すぎる速さが仇にもなったのかもしれない。大きくは無い虫である。が、しかし、予想もつかない動きと、そして次々と新たに形成されていく反射壁に翻弄されてしまったのはこの忍蝉なのだった。瞬間的に張り巡らされたリフレクターに勢い余って追突してしまった事数回。それによる地味なダメージも、体力値・防御値の高くない、耐久力の低いテッカニンには中々の痛手となっていた。完全に計算外だ。男は歯噛みする。この行為も、今日で、というよりもかバトルを始めてから一体何度しているのだろうか。
忍蝉が盾によって逃げ場を失わされた。左右後方には勿論の事、上にも下にも抜けられぬ。無理矢理に壊せなどしない、そこまでの力は持っていない、時間も残されていない。こうなって僅か数秒である。炎を纏った赤い大猿が、跳び上がり、体を回し、燃える尻尾をテッカニンに叩き付けた。と同時に後方を塞いでいたリフレクターが上方へスライド。出前で見られる岡持ちという箱、それかの如く、そこからラーメンでも飛び出していくかの如く。樹木に衝突する寸前に辛うじてゲッコウガに受け止められたテッカニンは、既に目を回しているのだった。


忍蛙の動きが精彩を欠いていた訳でも、忍蝉のスピードが鈍っていた訳でも無い。それを相手方が上回っていただけの事である。トリッキーさで言えばゲッコウガとバオッキーはほぼ同レベルの高さであったし、速さに関してはテッカニンが上に抜きん出ていた上、そこについてはメタグロスが最も鈍足であったのだ。補って尚余り有った実力の、この違い。
最早1対2となってしまっては成す術なぞ無いようなものだった。リフレクターの展開を止め、サイコキネシスが次に動きを与えたのは幾つものシャドーボールである。その黒紫の悍ましい様の球体は少々小さいが、それが高速で飛び交い、ゲッコウガを弄ぶ。とうとうもたついてしまったところへ終止符を打たせたのは、地中から飛び出したバオッキーの抉るようなシャドークローなのであった。宙を舞った後に地面へ叩き付けられ――る事は無く。メタグロスの念動力により、ゲッコウガはふわりと地に下ろされる。目を回す残る1体の陥落に最後の歯噛みをした敗者は、それでも達成感と、そして解放感と、蒼鋼の無機質体の気遣いに対する感謝の中で代わって現れる小さな笑み。次の課題だなと、彼は苦笑する。





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