ギルとレン



ジョウト地方にて8割以上のシェア率を誇る携帯通信端末、ポケモンギア。そしてそれの最新シリーズモデルである"ポケモンギア・スマート"――通称スマートギア、或いは更にスマギアとも略される代物である。デフォルトでは手の平大、機種によって多少小さくもなるこの小型機器は、少々の長方形で平べったい。機能も大幅に拡張されているのだが、ポケモンギアと最も大きく異なる点と言えば、そのシンプル且つ実用的なフォルムだろう。まさにスマートなデザイン。都市部の若者を中心に人気が続けて上昇し、ジョウト地方のみに留まらず世界に広く普及され始めているのである。


黒いスマートギアのディスプレイから通話状態の終了を確認したギルは、一昨日の1日を思い返してふと微笑みを零した。誕生日とはいいものだ。だってそれを口実に、たくさん美味しい思いをする事が出来るのだから。なんて、彼がほくそ笑む。
シロナからの遅れての祝いの言葉は勿論嬉しい。申し訳無さそうに、では無く、残念そうにしていた彼女には思わず笑ってしまったが。自分の研究は当然大事なものであれ、大切な友人の誕生日を当日に祝うというのも同じだけ、と。


『来年は絶対遅れてなんてあげないし、勿論次のレンちゃんの誕生日だって必ず当日中に祝うんだから!』


全く、あの麗しき女性と来たら。そうして洩らされる青年の苦笑には、何処か温かいものが含まれている。




ギルの誕生日は8月10日。余談だが、レンの誕生日は丸っきり反対の、6ヶ月違いで2月10日である。本日8月12日、シロナが何故2日後にしか電話を掛ける事が出来なかったのか。それは彼女の現在の状況に理由が有った。シンオウリーグチャンピオンにして、その界では著名な考古学者でもあるシロナ女史。リーグに挑戦者が現れない内は各地を飛び回り、自身の研究に真摯な熱意を向けるという多忙の身だ。訊けば、磁場の安定しない、電波状態の悪い場所に居たらしい。面白い所なんだけれどね、と彼女は苦笑っていた。


一昨日、青年は店長として己の店に立つ事は無く。そもそもカフェ・ニュイは1日クローズドであった。残念がる来訪客と、理由を知っている一部の常連客――は、まぁそれであるから元より足を運ばないのだけれど。表立って説明される事は無いその事情とは、勿論誕生日の1日を最愛の相手とゆっくり過ごしたいという実に勝手なものだ。
が、しかし。カフェ・ニュイは気儘な店である。青年店長の気分次第で、何度だってオープンにならない。季節によってやっている時間さえ異なる。理由を知らない客達も、大半はその最低限の事を承知していた。だから、今日はそういう日だったのだ、と。そうしてすぐに、本日の予定に変更を加えるのである。




その日の前日から話を始めるなら、ギルとレンは至って普段通りに、日付が変わる少し前にベッドへ入り、余り言葉を交わしもせずに緩く抱き合ったまま、気付けば2人眠りへと就いていて。そして、翌日の朝。迎えた青年の誕生日、まずしばしの間そこで起き抜けの戯れを。
珍しく先に目を覚ました少女が、起きておにーさん、と囁きながら彼の頬をぺちりぺちり軽く叩く。すると、僅かに唸ってから瞼を押し上げたギルは、少々虚ろに焦点をモーニングコールの発信源へと向け。寝起きの甘やかさと柔らかな重みを含んだレンの微笑みを見付けて、同じように笑う。はよ、と掠れた声の彼の呟きに、彼女の何処か舌足らずなような、おはよーございます。青年は少女を抱き直し、小さな額へ軽く口付けながら銀糸に鼻を埋めた。




『ギル、ギルさーん、違うそうじゃなーい』

『…何がー』

『そうじゃなくてー、はい退いてー』

『えー…』

『えぇい退けっ』

『いてっ』




おま鼻いてぇだろ朝から鼻血出たらどうすんだよ、という非難は半ばで途切れる。思わず鼻を押さえたギル、の体を、横向きから仰向けにさせつつ上に跨いだレン。硬い腹部に馬乗りの少女が、彼の胸元に両手を着き身を屈めて。
――そうでは無い、そうでは無いのだ。普段はいいが、今日はそれではならないのである。その日1日への祝福は、この日ばかりは。親愛は良しとしても。そうしてゆっくりと、たっぷりと時間を掛けて、込めた想いが染み渡っていくようにと願いながら。


小さなリップノイズに、レンの行動に僅か遅れて伴い目を閉じていたギルは、そっと笑う。彼女と何度も誕生日を迎えてきた。その度に驚かされたように思うし、きっとそれは間違いの無い事だろう。全く、本当に。目を開けて間近の愛らしい顔が、にやりとしたと認めたら、今度は唇に噛み付かれた。柔く、柔い、甘噛み。そして放され離れたと思えば次など首元に擦り寄ってくるのだから、嗚呼、もう――全く、本当に、いや本当に。




『たんじょーびおめでと』

『ん。ありがとう』

『朝ご飯は…メープルクリームたっぷりのパンケーキ!あれがいいな』

『…俺今ちょっと期待してたんだけど見事に壊してくれたな、流石だよ』

『んふふ。お昼は私が作ったげるからそっち期待してて』

『おう。…で、夜は?お前をくれるワケ?』

『えーうーん、それは夜になんないと分かんないなぁ。でも夕飯は一緒に作ろ、ジュニアとジグも一緒に』

『残念』




くすくす笑うレンに、ギルも笑った。それから、青年は己の欲で以て、引き寄せた彼女の肩口へと齧り付く。早いところ顔を見せてくれないと、最もキスしたい場所に到達できやしない。――でも、まぁ、これはこれで。





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