ギルとレン



10年以上も此処で過ごしてきたというだけあって、現在の拠点であるミアレシティによく似たこのアルトマーレの街中、その細く入り組んだ迷路地をレンはまるで己の庭かのように行く。迷わず、躊躇わず、ひょいひょいと、軽やかに。後ろをほとんど振り返らないあいつは、きっと俺の事なぞ気に掛けていないのだろう。苦笑が洩れるが、それでも咎めはしない。我が儘に道を選び足を動かしては、ふわりゆらりと靡いて揺れるあのくすんだ銀を、追って付いていくのは結構、好きだったりするから。


――ただ、正直に言うのなら。少しだけ、少しだけ息が詰まるような事とは何だと問えば。


時間を感じさせる煉瓦や石造りの壁が続く。陽気な色調で、だがしかし穏やかでもあって。陽が射し込む場所とそうで無い場所とのコントラストは心に眩しい。些細な所に水が存在する街、水の都アルトマーレ。此処に居ると何故か、どうも――時折胸がざわつくような、そんな感覚に襲われる事が有った。そしてそれは決まって特に、レンの後を追う、まさに今である。例えば、そう、波打ち際で、足首まで海水に浸かっているとでも言うか。とかくきちんとは形容の叶わない、そんな感覚を知る訳で。
恐らく、何処かで判ってしまってはいるのだろう。ただ、目を瞑り耳を塞いで締め出すのである。己でよく理解していた。それに、気付いてしまっているのだ。


あいつがすぐ先の角を曲がり、その姿は束の間俺の視界から消える。数歩足を動かして、自分も倣って――もし、もし其処に、在るはずの存在が在りはしなかったとしたら。




「ギル!ギルさん!もうちょっとで美味しいジェラートのお店!んあーっ楽しみ!」

「…レン」

「んっ?なにー?」

「転けんなよー」

「うるせぇ保護者め!」




この街に来て3日目の今日。ずっと楽しそうで、嬉しそうで、今もこうしてけらけらと笑うレンに、目を細めた。微笑ましいし、愛おしい。ざわついた胸の内が凪いでいく。
そんなご機嫌そのものな猫はまた、前を向いては此方を気に掛ける事無く、小走りに駆けて離れていくのである。この路地が大きく開けるあのアーチの下で、ようやくと俺を待ってくれるのだろう。早く早くと急かしながら、うずうずとした表情をして。――それが失われる事の無い限り、彼女によく似合う、『自由』の首輪を。





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