ギル・レンvsデンジ・オーバ



吹き荒んでいた砂嵐が徐々に鎮まっていく――気象の入れ替わりを強制して、室内の温度が段々と上がっていく。シンオウリーグの建物内、とあるフロアの人工物の天井は一面ガラス張りであった。遥か遥か上空に、空。そこに主然として在る太陽の、輝きが透けて差し込んでくる。先までは砂塵に遮られ、穏やかばかりか弱くすらあった陽射しが、今においては大層、強くなっていた。熱く、熱く、ジリジリと。5人と4匹の皮膚を拙く舐めて、焦がす。


真っ赤なアフロヘアが目を引く、笑みを隠さぬ男。バンギラスを繰り出してくる事など判っていたと、必ず初めに場を乱すだろう砂嵐の発生はこうして手早く処理してやってみせたぞと。このフロアの持ち主でもある彼の此度のパートナーは、強い陽射しの恩恵を大きく受ける炎タイプのポケモンにして、長年苦楽を共にしてきた内の1体、ブーバーンである。互いに互いをよく知り、解し、阿吽も阿吽の呼吸を行える。最上で最高の取り合わせだった。
尤も、それは彼――オーバのタッグ相手、デンジにおいても同様に言える事であったのだが。シンオウ地方ジムの最難関と広く認識されているナギサシティジムの、最後の壁であり、最上位の実力者。普段とはかけ離れた、ギラギラとした光を宿す青い瞳が、まっすぐ相手を見据えていた。そんな彼の前方に構えるは、デンジにとっての切り札、エレキブルである。その雄の硬かろう体毛は、バチバチと電流が走っては逆立っている。


1対の、赤と黄の巨体。片やがバトルスタートの直後に、いわゆる天候技と類され呼ばれている内の1種である日本晴れを起こし、砂嵐の終息に次いで陽射しが強まりきったところで、少女はひっそりと小さく息を吐いた。ちらりと隣を見遣れば、案の定と言うべきか、相方である青年は不敵なままの――まぁ、いつもの。そんな笑みを浮かべ、口元を緩め、そう、今にも余裕を持て余し始めそうな、全く以て見慣れた表情である。で、あるからこそ、彼女は更に嘆息するのだ。
嗚呼、全くこの人は。そうして、思う。これなものだから、敵に回したくない。本気で相手取る事になったなら、諸手を挙げて即降参するのみだと。




上手く上げてやれよギーグ――青年は笑いながら言った。


バンギラスがその逞しい尾を、体の捻りと共に下方から振り上げる。まるで、掬うかの如く。上空へと打ち上がった炎の回転車、基いバクフーンには一切のダメージになっていない。匠のわざと言う他無かった。少なくとも、ジャッジが感嘆と、畏怖すら混じり入る呻きを思わずと零してしまった程の。精密な力加減、緻密な角度計算、また、厳密なるタイミング調整。それらが合わさる事で成立した、一介の者達などには全く奇跡のような、鮮やかにさえ目に映る一瞬の出来事であった。
唖然とした後すぐさま口を引き結んだオーバに、確かにも少年の様にあったデンジ。ジャッジは、見惚れる。本体から零れては消える赤と橙の熱を、儚く、勇ましいと思うだなんて。


――悠長なものでは無かった。無論、バトル中においてそのような時など有るはずも無いのだが。殊更そうとさせたのは、火炎車状態のバクフーンが打ち上がった後で、数秒もしない内にぐらりと揺らいだ地面である。我に返り何事かとジャッジが視線を地表へ戻すと、エレキブル・ブーバーンの両者は体勢を僅かに崩していた。
それはそれはもう完全に、不意を突かれた訳なのである。場のほとんどの目は、上空へ打ち上がった炎の回転車に向かっていたのだから。仕方無いと言い訳染みたくもなり、落ち度だと奥歯を噛み締める事でもあった。バンギラスが雄々しく、豪快に、太く重い脚を地へと踏み下ろしての地震の発生。浅い緑の鎧竜の主人トレーナーが、個体の名を呼び指示として囁いた技――援護と攻撃の両方を担わせたそれは、そう、地面のタイプ技である。


即ち、電気タイプにも炎タイプにも手痛いダメージとなる。要するには、震源であるバンギラス以外の3体にとって、かなりに厳しい攻撃の一手に違い無い。と、言ったところで、地の揺れというのは距離が遠くなればなる程軽減するものであるから、決定的な一撃かと問われると首を縦には振れないが。
青年もそこまでを狙った訳では無く、むしろ体勢を崩させる事を第一とした指示だった。そうして彼は下傍らへと横目を落とし遣る。じっとりとしたサックスブルーの瞳が此方を同じように見上げていたから、返して寄越すのは、さぁどうぞと、笑み1つである。少女は溜息を吐いて、前を見た。


――これらはたった数秒間の事。その間にも、烈火の回転車は落ちていく、空から地へと戻っていく。




タイミングが、ほんの少しだけ遅かったのだ。即座にデンジがワイルドボルトの指示を出し、エレキブルもほぼ同時に行動に移した。対応の速さは流石としか言えまい。が、しかし。残念ながら、ほんの少しだけ、出足が遅れてしまったのだ。
落下による重力加算の火炎車。それを迎え撃ったワイルドボルトは、これを繰り出したエレキブルの体勢が不十分なものであった事が決定打となった。端的に結果を言うのなら、雷牛が押し負けたのである。単なる力のぶつかり合いだ。それにおいて、電気タイプのポケモン達の中でも最高水準の物理攻撃力を誇り、その点で最強と謳われるあのエレキブルが――自分の切り札にして外す事の出来ない存在であるあいつが、屈してしまったなどと。強く、強く拳を握り込む。己の落ち度でしか無い。昂ったままに眺めてしまった自分のせいに他ならないのだ。あいつを屈させてしまったと、デンジは荒く息を吐き出した。




「…マジで嫌んなるな」

「何がだよ――10万ボルト!エレキブル巻き込め!バンギラスに注意忘れんなよ!」

「ギルはクソ野郎でレンはクソ猫だって話。そろそろやるぞエレキブル!電気で場ァ満たしてやれ!、ッの前に光の壁!」




膝を着いたエレキブルに回転を継続してダメージを与え続けていたが、激しい電撃を浴びせられる前に素早く退いたバクフーン。10万ボルトはそのまま、雷牛にのみヒットして。彼の特性が発動し、電気エンジンが鈍い音を鋭く響かせた。ブーバーンへは黒い波動の玉が幾つも飛んで向かう。上昇したスピードで以て相方の前に移動し、防御の手立て、展開される透明な分厚い壁。本来それは2対2のバトルにおいては、1対1のバトルで出すものよりも多少薄くなるはずなのであるが、この時分散される事無く1体分の防御壁として張られたためか、そうとはならなかったようである。
奮った勢いのまま、エレキブルが電気を放出して場はエレキフィールドと化す。天候は日本晴れ、地表は静電気に満ちた――さぁ、ようやく舞台は整った。デンジが目を細め、オーバが舌舐めずりを1つ。雷鳴のような咆哮と、茹だるような熱気がそこに。




少女、レンの相棒であるバクフーン、コテツと名を言うその雄個体は元々、多少ではあれパンチ技の使い手でもあった。何故かと辿ればそれは彼女と彼の幼少時にまで遡るのだが、さて措き。タイプ一致である炎のパンチを始め、グロウパンチ、メガトンパンチ、気合いパンチに爆裂パンチ――そして此所で使用、というよりもか利用された1つの技。電気のタイプ技である、雷パンチ、これだ。


高速の火炎車がエレキブルへ向かっていく。彼が身構え、デンジが再びワイルドボルトを指示した――その時。
雷牛はふと、揺らぐような熱の波を感じていた。何だと頭の片隅で疑問に思った刹那には、相対していたはずの相手が眼前から消えていて。ゆらりと、視界の彼方此方が揺れている。これは、どういう事か。何なのだ。ボッと点火したように、困惑。だけれどそれに構ってばかりもいられない。奴を探して視線のみを動かせど何処にも居ない、回転の音さえ聴こえない――そこへ、主の声を受ける。構うなあっちに突っ込め、と、そう彼は言った。なれば、いいのだろう。まさしく構わずに、指示の通りに。


バトルの最中において、エレキブルがデンジを疑い反する事は無い。それが彼らの、これまでに積み上げ、築き上げた信頼関係なのである。




コテツは何も、本当の意味で消えてみせたという訳では無かった。バクフーンの生態特性、陽炎を利用しての姿隠し。この大火鼬の種は、通常とは異なる光の屈折経路を本能的にか計測・計算し、その揺らぎに紛れてあたかも消えたかのように見せる事を得手としているのである。今、此処において。隠れんぼを行うに必要なものは、十分に揃っている。
エレキブルの前方で陽炎と同調した瞬間に彼は回転を止め、電光石火で雷牛の後方へと駆け抜けていた。――少女が出し抜けと言ったから。生まれてほとんどすぐの頃より、ずっと今まで、時間にしてもう20年だ。長い間共に生きてきた彼女は、無論己の主であり、そしてまた、何処か妹分のようでもある。出し抜くその方法についてこそ何も触れなかった少女の、意図するところなど解りきっていた。


幾つも扱えるパンチ技の内でも、指示された雷パンチは特に、コテツにとってもレンにとってもとうに馴染みきったもので。水の都にて鍛えに鍛えたそれを、どのタイミングにどう打ち込めばトップパワーでダメージを与えられるのか。更には、或いはそもそものパンチの技術。前者は、最も己の経験によって知り尽くしていた。そして後者に関しては、遥か後方に構えて様々に援護や攻撃を行っている彼や、その主の手持ちの中でも近接戦闘・格闘戦筆頭株の、同じ炎タイプの赤い大猿等によって、更に磨かれ研がれている。
フィールドに満ちる静電気が、敵味方の区別も無く与える恩恵。電光石火の最後の1歩は軽く跳んで2足にて地へ着地、鼻先のブーバーンは驚愕に目を見開いていた。速度を極力殺さぬようにしながら、いつも以上に高い電圧を感じながら、奴の膨れた腹の上部、鳩尾へとパンチを叩き込む。――拳の先に分厚い脂肪の重い振動を感じ、思い返すはギーグ達との会話である。




『真に重く、確かな一打というのは――うむ、衝撃が内部を貫通していくとでも言えばいいか』

『上手く入ると、よく判るよ。相手は揺れるってより、あー、ブレる』

『ブレる』

『そ、ブレる。…あと、打ち込んだところが窪む。拳が減り込むのな』




嗚呼、成る程これか。コテツはひどく冷静なままに、その感覚を味わった。




1拍置いて吹っ飛んだブーバーン。赤の様を見てデンジは思わず笑う。面白くて、楽しくて、ゾクゾクとするのだから仕方も無い。そしてエレキブルはバンギラスへと到達していた。巨体が、それを幾らか身の丈で上回る鎧竜へとぶつかった――否、ワイルドボルトは受け止められてしまっている。難無くこなしてみせるのは予想の範疇だ。問題はそこでは無い。




「放電ブッ放せ!!」

「ブルァアアアア!!!!」




超至近距離からの、しかもエレキフィールドによる威力増強を伴った放電である。エレキブルは物理攻撃に秀でているが、それは別段、特殊攻撃が著しく劣っているという訳では無かった。むしろ高数値な程だろう。幾らバンギラスが守備力にも優れる種族であるからと言って、ちょいと痺れる、などという程度で済むはずも有るまい。ニヤリとしたデンジと対極の側に居た青年は、確かに目を細め、真剣な面持ちで笑んでいる。




――雷牛のギガインパクトを馬鹿力にて受ける鎧竜の横先で、太く太く縦に伸びる爆炎柱が超過熱の炎とぶつかり合った。


此の場に存在する全ての者達に判っていた事。
もう間も無く、勝負は終わりを迎えるのだと。





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