名残の雪火



ギルが手持ちとして所有する、カグロという名の、黒いリザードン。いわゆる色違い個体であるのだが、この雄の火竜、体色が稀有である、それだけには留まらない特異性を有していて。通常リザードンという種は、1.7mという数値が統計によった一般的なサイズである。ところがカグロはと言えば、何とその1.5倍近くもあるらしい。ギルの身長は180半ば丁度であるが、通常のサイズであるなら若干彼よりも目線が低くあるはずが、何とまぁ実際には随分と上方に頭が位置していたという訳で。
黒い巨体は筋骨隆々として。生まれ付き、気紛れだが暴れる事を好む気質で、一度スイッチが入ったとなると最早戦闘狂程相応しい形容の無くなるような、そんな個体である。彼の顔付きと言ったら、恐らくはリザードンの中でもかなりに、そう、獰猛で凶暴。これらの合わさったその雄の火竜は、実に恐ろしく、多くのもの達の目に映るのだった。




青年がまだ少年であった頃、そしてリザードンがまだリザードであった頃だ。ギルは12歳、カグロは竜というよりも大蜥蜴、その当時。1人と1匹の出逢いは、カントー地方のマサラタウン、彼のオーキド博士が拠点とする研究所での事である。


リザードの進化前――ヒトカゲとは、各地方において新人トレーナーに対し譲渡される初心者用ポケモンの内の1種だ。草タイプのフシギダネ、水タイプのゼニガメに並び、このカントー・オーキド研究所にて選択権を与えられている炎タイプの種族。最終進化形態のリザードンともなれば特殊攻撃と素早さに優れたメインアタッカーとなり得る上に、その外見・容姿からも人気が高い、というのはまぁ余談だが。
初心者用ポケモンは、文字通り初心者に対して与えられるポケモンの事である。故に当然扱いやすい個体で無くてはならないため、これらを卵から孵し、ある程度まで育成、そして適性を確かめる専門職が存在する程だ。必ずしも穏やかであったり真面目であったりする必要は無けれど、意地っ張りで暴れん坊、などという余りにも気性の荒い個体はまず滅多には新人達の手に渡らない。


先にも述べた通り、カグロは気質的に少々難が有った。平素は特に問題事を起こすでも無いのだが、手が付けられなくなる時がよく訪れたのだ。適性判断ではギリギリのラインクリア、それによって研究所に送られてはきたものの、やはりどうも、といったところ。しかし無論乱暴にも出来ないため、彼が暴れ出したらとかく、他のポケモン達に被害が及ばぬよう対処するしか無かったのだった。
眠らせればいいのでは、とは、確かにと頷ける疑問ではある。しかし間の悪い事に、そういった捕獲用の技を持つポケモンが、当時には研究所に存在しておらず、所属する研究員の手持ちにも居なかったのだ。古株のパラセクトが土に還ったすぐ後の、次代を探している最中であったから。


スイッチが入って好き勝手に暴れる、黄みの強い橙色の色違いリザード。その時もその時とてオーキド博士達が手を焼いて拱いていたところへ、丁度通り掛かった(実際には研究所へ訪れた、だが)のがギルだった。
本来のボールが何とリザード自身によって、偶然か故意かは分からなけれど、損傷を受けて駄目になってしまったのだと。それを近くの研究員から聞き、少年はそういう事ならと1つ笑って。彼のゴーストによる催眠術が、大蜥蜴を眠りへと誘う。宙を飛び対象を赤い光として吸収した、赤と白の何の変哲も無いメジャー・ボール。それはコトリカタリと揺れ、たったの1度投げられただけで、事と場を収めたのである。流れるようなバトル・アンド・ゲット――その中の、一瞬目を瞠る異様さに、ポケモン研究学界において名高く在った老翁は感嘆の息を吐いたもので。


弱らせ疲れさせる事無く、ボールの揺れも実に少なく、さも当然であったかの如く。お前さんは、その少年を待っていたのか。
気付けば、口を開き言葉を発していた。




『見事じゃ。その言葉に尽きる。…お前さん、名前は何と言う?』

『ありがとうございます。――ギル、と言います。初めましてオーキド博士』

『あぁ、そうじゃな、初めまして。ギル君』

『このリザード、どうしましょうか』

『…ギル君が良いのであれば。持っておれ、お前さんが』

『…』

『本来のボールを失ったポケモンは、道理の上ではどのトレーナーの手持ちでも無いようになる。そして、そんなポケモンを新たにボールに入れたのは他ならぬギル君じゃ。ならば間違い無く、そのリザードは先程を以てお前さんの手持ちになったという事。――…どの道、リザードに進化してしまったのでは、新人トレーナー諸君に渡す初心者用ポケモンとしては成り立たん。………いやぁ、それにしてもまさか進化してしまうとはのう。完全に想定外じゃった。我々は特に何をした憶えも無いんじゃがなぁ』




じゃから、貰ってやっておくれ――そして、存分に育ててやっておくれ。
何処か悲しげに、惜しむように、愛しみの目を、ギルが手にするモンスターボールへと向ける。どんなに暴れん坊であろうが、どんなに手を焼かされたのであろうが、オーキドにとっては、愛するポケモンの1匹に違い無いから。


すまんかったなと、リザードへ寂しそうに笑う翁。
僅かに、本当に微かに揺れ、仄かに熱を帯びたような球体の、その中の大蜥蜴に、少年は薄らと微笑んだ。





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