盲信少女は何を得るか



一体どういう事なのか、これは誉れ高きバトルなのでは無かったのか。それが、正直な感想だった。何故、一体どうして。彼は、彼女相手に本気を出しはしなかったのか。




彼のオンバーン、ヴェレント。対するはグランダッチェス・カルネのルチャブル。どちらも素早さが持ち味の種族だけれど、どちらかと言うならオンバーンの方が少しばかり上回っている。順当であれば、スピードで負ける事はまず無いはず。実際大公両名の初手同士のバトルでは、終始オンバーンが速さにおいて優位だった。そして、飛行能力に関しても。
彼女のルチャブルは中々の素早さを持った個体であったようだけれど、それでも尚オンバーンがリードしていた。ルチャブルの上方へと飛び、そこから暴風を放つ。激しい風力・風圧に押されたルチャブルが一旦地に落とされる。そこへ続け様に、今度は龍の波動。青と赤の入り乱れる、美しも恐ろしい光の線の束が、即座に態勢を立て直して回避行動を行ったルチャブルにヒットする事は無かったけれど、アレが当たっていたならと思うと身が震えた。


ルチャブルは近接での格闘戦術を得意とする。対してオンバーンは特殊技を多用する、遠距離攻撃型。打たれ強くないオンバーンなら、ルチャブル相手には接近戦に持ち込まれないよう距離を保ちながら、回避と攻撃を繰り返すのが良い。スピードが要されるのはポケモンであって、バトルそのものでは無い。グランデュークはオンバーンに決して深追いをさせなかった。それは、正しい選択だ。
――だというのに、あの弱小共と言ったら…!


『慎重過ぎねぇ?今の追撃したら良かったと思うんだけどなー』

『確かにオンバーンは防御力低いけど、だったら長期戦に持ち込むよりもさっさと倒しちまった方がいいだろうに』


もしあの場面においてオンバーンが追撃の技を放っていたとすれば、それの回避行動を取ったルチャブルに先に態勢を立て直されて、逆にしっぺ返しを食らってしまう事になったやもしれない。ルチャブルにだって、近接用では無い攻撃の手は有る。中でもオンバーンにとって手痛い、最大の警戒対象となる技がストーンエッジだ。急いてそれを受けてしまってはならない。慎重と言えば確かに慎重であるけれど、ただただ、彼は機会を窺っていた、タイミングを計っていたのだから。それが分からないのでは、彼らのバトルの腕など高が知れている。
思っていた通り、グランデュークはその一瞬を見逃さなかった。これまで即座に態勢を立て直していたルチャブルの動きが、少しばかり、精彩を欠いたように見えたその瞬間。彼はオンバーンへ、畳み掛けろと爆音波を指示したのだった。




グランダッチェス・カルネの次手は、高特防力のドラゴンタイプ単一種、ヌメルゴンだった。全体的にステータスの高い種族の1つであるヌメルゴンは、その上使える技も中々に多い。特殊技への防御力に優れる反面物理攻撃には少々弱く、また、オンバーンに比べれば鈍足も鈍足であるヌメルゴンではあるけれど、持ち得る技の相性といいステータスの関係といい、オンバーンにとってはかなりに厳しい相手に違いなかった。初めに繰り出され合った両者の龍の波動は、残念ながら、オンバーンが押し負ける事となった。そう、ヌメルゴンは特殊攻撃のステータスにおいてもよく優れているから。
ドラゴンタイプにドラゴンタイプの技。当たれば効果は抜群で、場合によっては、体力満タンの状態から一撃で瀕死、最悪戦闘不能へと追い遣られてしまう。そもそも対ルチャブル戦によってダメージを身に溜め、体力を消耗していたオンバーンだ。そこへ龍の波動では、どうしようも無かった。




グランデュークが次に場へ出したのはトリミアンだった。全体のステータスこそ平均かそのやや上という域を出ない種族ではあるけれど、トリミアンは優秀な耐久型として名高くあった。それの最大の理由が、その特性、ファーコートというもの。あの分厚くたっぷりとした毛皮に、物理攻撃のその力の作用が吸収されて大きく威力を劣化されてしまうのだ。
それに、平均かそのやや上の域を出ないステータス、とは言え素早さはよく優れている。スピードにおいては、オンバーンにこそかなりに劣るけれど、逆にヌメルゴンと比較すると大いに上回っているのだから。そして加えて、豊富な能力変動技だ。相手を弱体化させる事、自分を強化させる事、そのどちらもを可能としている種。勿論、攻撃の手も幾つか有る。派手な大技こそ使えはしないけれど、攻撃技のみで相手を倒すというのも決して出来ない事では無い。それが、トリミアンという種族、そのポケモン。


アーヴィンと言うらしいそのトリミアンは、時折、主人の指示無く動いた。それだけであったならそこまで気には留めなかった。だけれど、最初にその出来事が起きた時、トリミアンはハッとしたような顔でグランデュークを見たから。その様子にどうしても疑問を抱いて、少し注意してバトルを見に臨んで。そして、気付いた事が有った。


『なぁ、あのトリミアンさ。動きがぎこち無くねぇ?』

『あ、お前も思った?俺もだよ。何かトレーナーと息合ってねぇっつーかさ』

『多分捕まえてそんな時間経ってないんだろうな。それで今回のバトルに臨むって、ある意味すげぇ』


――割って入るのを堪えるのにどんなに苦心した事か。本当に、何も解っていないトレーナー達。なまじ、前半の見当は私も肯けるために余計に腹立たしい。
あのぎこち無さは決して、お互いにお互いへ馴れていないから、では無いだろう。理屈を伴わない、そう、直感、なんていうものが私に言っていた。あれは、息が合っていない訳では無いのだと。そうでは無くて、馴れた何かと毛色が異なるせいで、或いは、馴れ始めていたところへ毛色の異なる場に連れ出されたせいで、それのために思うようにはいかないでいる、そういう事なのだと。


大きなダメージでは無いけれど、悪の波動によって僅かに怯んだヌメルゴン。グランデュークがトリミアンへ頭突きの指示を出す頃には既に――まるで、そう指示が出る事を知っていたかのように、トリミアンはヌメルゴンとの距離を大きく詰め終えていた。指示が出てから走り出すのでは遅いと、まるで打ち合わせていたかのように、わざわざ言葉にして伝達する事無く。
彼が頭突きの技の名を口にした時、全く最高のタイミングで、トリミアンがヌメルゴンの鳩尾へと頭を突き上げた。その瞬間、私は確信した。――嗚呼、これこそ彼ら本来の姿なのだ、と。




結局ソレ以降、すとんと腑に落ちる瞬間に遭遇する事は無かった。トリミアンはヌメルゴンを辛くも撃破し、次に出てきたパンプジンによって、数度の攻防の繰り返しの後下された。大公達のバトルは、倒しては倒されての繰り返しだった。きっと、その繰り返しが終わりを迎えた時。それが、決着の目前なのだろう。


パンプジンに対するはゴーゴート。ゴーゴートの特性は草食、草タイプの技は少しでもダメージを与えるどころか、逆に相手に力を与えてしまう。草タイプ技は厳禁であるゴーゴートに対して、パンプジンとグランダッチェスの取った戦法は、ハロウィンを行ってのゴースト技、だった。火傷を負わせる鬼火も事前に用い、きちんと組み立てられた流れで。
対するゴーゴートは、身代わりを出して攻撃を自身へ受ける事を避けながら、火傷によるダメージは光合成で補いながら、分泌した毒々による猛毒を与えながら、角で燕返しとしっぺ返しを狙いながら。こうして粘りに粘っての、結果、双方同時に戦闘不能という引き分けに終わった。


――そう、次こそラストバトル、グランデュークもグランダッチェスも互いに残るは1体。倒しては倒されての繰り返しが終わりを迎えたこの時、確かに、このバトルは決着の目前まで迫っていたのだった。




そこを敢えて選んだつもりは無いけれど、人気の無い廊下で、彼を呼び止めてそれを口にした。彼はゆったりと笑い、何処か穏やかに、言う。



「バトルの流れと勝敗に関しては、これはアレが真実の姿であり、今回の事実となった結果だよ。確かに本気でやってねぇし、手持ちも控えの中で1番下のを揃えてきた訳だが、それでも一切手加減はしちゃいないさ」

「私はっ!…私は、貴方がとても強いトレーナーであると、判っています。グランデュークとグランダッチェスは、とても、とても強く在る。それ程強く在るからこそ、大公位を有しているのだと。――お2人がバトルをしている最中、非常に不快な会話を耳にしました。彼らは貴方を、馬鹿にしていた…!指示が中途半端で少ないですって?見当外れもいいところだわ…!」

「どうどう、落ち着いて落ち着いて。キミの気持ちはよく分かったから。な」

「、っ、ごめんなさい、取り乱してしまって」




兎にも角にも、私はあのバトルを、この人の本来のバトルだとは思っていないのだと。それをはっきりと伝えると、微笑んだグランデュークは、言いたい奴には言わせておけばいい、などと静かに口を開くから。




「…どう、して?何故、何故貴方はそんなに…そんな、穏やかにいられるんですか…?貴方の本来のバトルを知りもしない連中に、侮辱とも取れる事を言われておいて、何故…!」

「…。…あー、うーん、まぁ何だ。結局、何をどう思うかなんざ人の勝手な訳だしさ。…仮に、それが侮辱だとして。そうして侮辱した相手である俺にバトルで勝つ事が無いのなら、それは単なる戯れ言に他ならんし、そして非難の正しさの客観的な証明は成立し得ない。だろう?それでいいじゃねぇの、別に」

「でもっ、」

「――もしキミが、俺に本気でバトルをしてほしいと言うのなら。俺が先のバトルにおいて本気を出す事無く在った、その弁明を望むと言うのなら。それを断る理由は俺には無いし、快く答えへと導こう。…だがそれをこのバトルシャトーにおいて行えと言うのであれば、俺はそれに頷かない――否、事情有って頷けない。グランダッチェスもそれは承知している。そしてこれは、答えそのものでもある」

「、…、」

「さて、如何するマドモアゼル。キミはこの俺に、黒塗りの書状を送るか?或いはそれとも単に、館の外において、俺へバトルを申し込むか。俺はどちらでも構わんよ。あとはキミの選択と、ついきゅうの形次第だ」




――嗚呼、この人は。ゆったりと笑んでみせるこの人は、その涼しげな目元は、あのダークゴールドは。
大公、などというものには収まらない。彼は、そう。君主、最早それだった。





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