観衆貴族達の戯れ言とも言えよう事



バトルらしいバトルをしている。それが、レンの感想である。少しでも熟練の域に踏み込んだトレーナーであれば、容易にやってのけるだろうような。今回はそんな、割合、フツウのバトル。


己の恋人の『本来の"やり方"』を知っている彼女にとってみるなら、些か語弊は有るものの、至極真っ当な劇であった、としか言えない。実に、らしかった。しかしそれこそ序の口、本気では無いソレ。何故ならギルという男とそのポケモン達が行うバトルというのは、もっと本能的な、去来の間隔が刹那的な、野性を剥き出しにした獣達のそんな、命を削っているかのような戦いであるから。
例えば考古学者としても名を馳せる某女史であれば、逆に、興味深い・面白いと見つめて眺めるのだろう。とある電気タイプ厨の輝けるジムリーダーは、悪くはねぇけど、などと零しながら、つまらなさげに、普段と変わらぬ気怠そうな視線を遣るに違いない。扉の奥のその先を、或いは高く聳える山の頂上を知る者達は、今回のバトルを目にしては興奮のこの字を経る程度であろう――制約の有る戦いでは大してと、そんなものだったのである。




『あのグランデュークも結構強いみたいだけど、やっぱカルネさんは違うなー』

『あぁ。グランデュークは指示が中途半端っつーか、何か少なかったように思うし。つか、誰なんだろうなあのグランデューク。一応カルネさん並に強いトレーナーって事だろ?』

『さぁ…そもそもグランデュークの姿見たのこれが初めてだしなー。マスクしてるから余計に誰だか分からない』




ギルと合流しようと珍しく人気の無い廊下を行きながら、数十分前に耳にした会話を思い返す。あの2人の爵位は勿論知りもしないのだが、随分と可笑しな見当をつけたものだ――恐らく、良く見積もっても大方中の上程度。それくらいの実力と経験で、一介、の域を出ないのだろう。
無論自分とて四天王レベルにしか至ってはいないトレーナーである。が、だとしても。かなりに多くの種類の『バトルの"やり方"』を目にしてきている、その自負は有る。アレを指示が中途半端だ少ないと言うのなら、もしかともすると、彼らがギルの本気のバトルを前にしては、鼻で笑うか首を振るか、いずれにせよいい顔をする事などは無いのであろう。レンは静かに目を閉じて、すぐに瞼を押し上げた。


バトルの最中、指示が飛ぶ。それは至極当然の状況である。そしてこれこそ、相手の挙動を知るチャンスが恒常的に生み出される、という事でもある訳で。とある者は言うのだ。つまるところ、常にリスクを伴う状況にある、そういう状態の保持され続ける場だと。その旨心せよ。彼は、幼い己の息子へ言って聞かせたのである。
極限まで指示の減った強者同士のバトルは、粗野でありながらにし、最高位であり、最難関であり、恐らくは一介の、フツウのトレーナー達の当然の世界とは明らかなる隔てが存在している。実際に踏み入った事は無いそこであれど、その在り様を、レンは己の恋人を介して知っていた。――だから彼女は、アレを指示が中途半端だと言いはしないし、思いもしない。ましてや少ないだなんて、むしろあれでもかなりに回数が多い方であるのに。


そうしてレンが、角に差し掛かった時。どうもその先で誰かと誰かが会話をしているような、そんな音の連なりを耳にしつつの事だった。




「――あのバトル、全く本気では無かったんでしょう」




透き通る女声である。まっすぐな想いを感じられる、そんなソプラノ。それが静かに、相手を僅かにか責め立てていて。




「臨み方も、手持ちの構成も。何故ですか。…相手はあのグランダッチェス、カロスリーグのチャンピオン・カルネだというのに!」

「…ほぉ、やっぱ気付く奴は気付くか」

「気付かないトレーナーなんて、結局その程度の実力しか持っていないのだと私は思います」

「いやはや、辛辣なご様子で、レディ。となればキミは相当なトレーナーって事になるな。…ま、今回は仕方の無いこった。何せ彼女と予め打ち合わせてた事だから」




低い、よく通る声の主が感心したとばかりに言えば、彼女は冷ややかに吐き捨てた。確かにその通りだろうと、角を曲がらずに壁へと背を預けたレンも賛同してこっそりと笑う。
それでは、あのバトルの勝敗は故意による結果であったのか。上がったソプラノは驚愕と非難に染まっていた。全て計画されていた事だったのかと、彼女の声音には、沸々とした怒りさえ窺えて。否、流石にそこまではしなかろうに。レンの否定した通り、彼はおいおいまさかと応じた。




「バトルの流れと勝敗に関しては、これはアレが真実の姿であり、今回の事実となった結果だよ。確かに本気でやってねぇし、手持ちも控えの中で1番下のを揃えてきた訳だが、それでも一切手加減はしちゃいないさ」




ギルにとって、本気を出すという事と手加減をするという事は、完全にと言ってもいい程の別物である。幾らああいった場でのバトルであったとしても、あの大女優相手に戯れてなどいられはしない。そして彼女とて、それを望みも許しもしないだろうから。勿論、あの男にしたって、本人に乞われない限りは強者相手に手加減をする事は無いと断言出来るが。これは、礼儀にも等しいものである。敬意を払う。それを軽々しく事欠いては、ならない。




「私はっ!…私は、貴方がとても強いトレーナーであると、判っています。グランデュークとグランダッチェスは、とても、とても強く在る。それ程強く在るからこそ、大公位を有しているのだと。――お2人がバトルをしている最中、非常に不快な会話を耳にしました。彼らは貴方を、馬鹿にしていた…!指示が中途半端で少ないですって?見当外れもいいところだわ…!」

「どうどう、落ち着いて落ち着いて。キミの気持ちはよく分かったから。な」

「、っ、ごめんなさい、取り乱してしまって」




兎にも角にも、自分はあのバトルを、ギルの本来のそれとは思っていない、と。彼女は改めて、そうはっきりと口にした。





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