カルネとギルとプロモーションビデオ



カメラのレンズの向く先に、繰り広げられる1つのポケモンバトルが在った。撮影機材の内のメインであるその黒、数えて5つ。全ての目が、それを一心に手繰る手が、きゅるり、くるくると回る。たった1つの戦いを漏らす事無きようにと、余すところ無く記録に残せと。彼の大女優とそのポケモン達の様子を主体にフレームとフィルムへ撮り込んでいた1人のカメラマンの首筋を、汗が一筋、つう、と伝っていった。
誰かが、溜まり切った生唾を飲み込む。瞠られる目、とっくに開いている瞳孔。肌が粟立っていた。これは、此度の企画の中心物であるプロモーションビデオの最高の素材と成り得るのだろう。そんな確信と、共に。




大公達の初手によるバトルはルチャブル対オンバーン、そして蝙蝠竜とその主グランデュークに上がる事となった軍配。巻き起こされた暴風の余波に大きくはためいた、濃い鮮やかな紫の外套を身に纏う男の、白くシンプルなハーフマスクが彼の目元をすっかりと隠している。その下で、肉も紅も薄い、形の良い唇が指示の言葉を音へと変えるのである。




『畳み掛けろヴェレント、爆音波』




応じた華奢な竜が、ホバリングのタイミングに合わせ上体を少しばかり後方へと反らして。この瞬間、音響機材のすぐ傍へ配備されていたバクオングとゴニョニョが身構えた。特性である防音を用いて精密機器を防護するために。――そして、それは放たれる。まさに野太く爆ぜるような音の波。グランデュークの口元が、ゆるりと孤を描いていた。




現状唯一のグランダッチェス、彼女の名はカルネである。そう、カロスリーグの現チャンピオンにして大女優、その婦人。平素と変わらぬ髪型にいつもと違った装いで、これもこれでいて大層麗しい。外套の裾から白い、丁度いい細さの腕が生肌のまま覗いていた。また更に、窺えるドレスや足元を飾るシンプルなヒールも、全てにおいて、白。清らかに、淑やかに、凛として。


以下級爵位とは別格である事を表すかのようにデザインの多少異なっている大公位の外套は、グランデュークとグランダッチェスでシンメトリーを成している。男は右へ、女は左へ、斜めに切り取られて流れる裾。立て襟は折られて2層である。両者が並べば外側には環の無いエポーレットが、内側には太帯のリボンと記章が各々位置取られるように装飾を施されており、右に立つグランデュークは左腕を、左に立つグランダッチェスは右腕を出すとしてデザインがされていた。飾り紐は裾の流れを緩やかにして、肩より出ては前面を過ぎて背面を回り、戻り返っている。
最上級爵位を持つ者は、羽織る外套の太帯のリボンの地色を己の好みに変える事が可能である。カルネは白、男は黒。ラインの金を同じくしていても、合わさるものが違うだけで印象は全くと異なる。対極の白と黒は、それを選んだ者達をよく、体現していた。


グランダッチェスの右腕の下にドレスが覗くのであれば、その反対側において、グランデュークのドレスコードが姿を見せていて。ダークグレーの上着と、黒地に細い銀のストライプが入る袖口。ジャケットと同色のスラックスが、弛みを緩く残している。しっとりとした光沢の黒い革靴は爪先がシャープな何という事の無いプレーントゥなのだが、それが妙に洗練さを引き上げているようである。
――彼は、実に無彩色を纏う男であった。外套の中、上着の下のスーツベストはグレーであるし、ネクタイとポケットチーフは白だ。色みを帯びたものと言えば、外套を除いては薄い肌色や粘膜の微かな赤み、唇の淡い紅。どれもこれもしっかりとは存在感を現さない。その中で最も主張しているのが、金、である。左耳のリングピアス1つと、そして、瞳のダークゴールド。涼やかな目元、暗みを帯びるその色がゆったりと、輝き、瞬いて笑うのだった。――尤も、この時彼はハーフマスクで以て、双眸を隠してしまっている訳であるが。




両大公はバトルフィールドにて、厳然として、粛然として在っている。力強く、まさしく品の正しいままに。どちらの背筋もすっきりと伸びていた。何が起きたとて動じないような、余裕と、静かで冷ややかな気構え、その集約である。グランデューク、或いは、グランダッチェス。最上級爵位に相応しく、彼と彼女はそこに在った。
たとえそれが、残るは互いに1体となった、この最終局面であったとしても。




「これで貴方もメガシンカを行えたら、さぞやもっと素敵なバトルを魅せる事が出来たでしょうに。残念だわ」

「おっと、それはただのカメックスじゃあ、そこの麗しきマドモアゼルとは退屈でつまらないステップしか踏めないという言葉と受け取っても?マダム」

「いやだ、何もそんな事を言ったのでは無いのよ。それこそつまらない戯れ言じゃありませんこと。貴方と貴方のポケモンの強さは、あたくし、よく存じております。退屈どころか、楽しくて堪らないダンスを踊って頂ける事は間違い無い。そうよね?ムッシュー」

「お望みであれば、えぇ、勿論」




ふわりと笑うカルネに、ゆるりと笑んで男は返す。左腕を用いて申し込む辞儀を行う彼とそのカメックス。グランデュークの誘いへ、グランダッチェスが右手でドレスの裾を摘み上げ、軽く膝を折っては応じ。メガサーナイトもまた、しゃなりと動作して――ラストバトルの始まりとなる。


プロデューサーは人知れず、感嘆の息を吐いた。しかし気を緩める事は一切無く、むしろ、更に引き締めて。終わってはいないのだ。そう、ここからが本番も本番となるだろう。彼の眼光に鋭さが増す。それは、一種、さも覚悟のようにもあった。





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