善因善果、悪因悪果



因果応報、というものが有る。善い行いには善い報いが、悪い行いには悪い報いが訪れる、そういう考え方である。それを信じきっている、訳では無い。しかし完全には否定出来ないくらいには、あぁこれは、なんて場面を目撃した事も有るもので。――まぁまさに今なのだけども。




「油断は大敵、だろう?それで悉く痛い目見たんじゃなかったのかい、ロケット団員殿。まぁ何にせよ、運が悪かったなお前」




頭上の低い声が、愉しげに宙へ踊る。きっと、否、確実に。アングラ組織の一員だと言っても全く疑問に思わない程の悪辣を滲ませた笑み。この男、そんな表情に違い無いのだ。想像に易過ぎていっそ清々しい。私を守るかのように、後ろに庇うのでは無く左腕で抱き寄せて。そうして、白馬の王子様やヒーロー等とは程遠い様子で、わらうのだ。
背後の彼から伝わる熱は温かくて、ひどく安心する。腰に回された腕の逞しさだってそう。完全なる安全圏だと気を緩めていられる――それはギルが、一般の人間と比べて多少なりと護身の心得を持っている、だからというのも有るのだが。ちなみにこれは本人に聞いた話である。


くつりとわらったらしい彼に、少しばかり遠く、ぼんやりと明るさの弱い路地裏の薄汚れた地べたで黒い塊が身動ぐ。蠢いたようにも見えて思わず目を細めてしまった。輪郭は全て曖昧である。それなのに、恐怖か畏怖か、そんな色に染まった顔が見える。ラッタとアーボックの巻き添えに吹っ飛んだ悪漢は、身に受けた苦痛に悶え軋んでいるだろう体を、どうにかこうにか起こそうとしていた。きっと、とにかく逃げたくて堪らない事だろう。
その傍らに大鼠と大蛇がピクリともせずに倒れ込んでいる。2匹を戦闘不能へと十数秒で追い遣った要因である獰猛な雄の竜は、ギルが私を抱えている側に寄りつつ、彼方と此方を隔てるように佇んでいて。容赦の無いジットの躊躇も無い攻撃で一瞬レベルにノックダウンされたラッタとアーボックが、少しだけ、憐れだ。主人の自業自得のせいで痛い目を見たのだから。まぁ、もしあの2匹が自ら進んでアンダーグラウンドへと踏み入ったのであれば、憐憫は一切失せて消えるとしても。――だって、人間だろうがポケモンだろうが、因果応報には変わり無いのだから。




「キ、サマ、何処の組織のッ、人間だ…?!」




震える微かな声が飛んでくる。えらくチープな問いは見当外れと言うべきか、頓珍漢な認識と言うべきか。だとて、そんな勘違いをさせてしまうくらいに、彼のやり方がその道の、暗がりの世界のそれと酷似していた、と。人間相手にポケモンの攻撃を仕掛けたそこな男が、同類と見做して狼狽える程。




ボールを投げて指示を出す。そのごく普通の、一般的な流れをギルはまず初めからぶった切っていた。というよりもか、彼のポケモンがそもそもそうだったのだが。小さな通りの脇の路地の暗がりから、いきなり突進紛いに飛び出しては向かってきたラッタに私達が気付く――その前に、ジットが赤い光として立ちはだかったようなのである。ヂュッ、という鼠の潰れたみたいな鳴き声らしきものが真横近くで聞こえて振り向いたら、そこにはガブリアスの後ろ姿で。次の瞬間には何かと何かの激突したような音までも。まるで斜めに掬って振り上げたようなポーズのまま止まっていた彼が、ゆったりと体勢を戻した、と思えば、今度は弾丸となって路地の方へと駆け出していた。嗚呼、いつもの如く、疾い。




ジットを追って路地入りし、ロケット団はとっくに2度目の解散済みだったと思ったんだが、と、ギルが不思議そうにして冒頭の少々前に戻る。様々な地方の何十もの市町を見て回ってきたが、中でも治安の悪い方に分類されると思う、このコガネシティ。大通りから少し外れてしまうと途端に、特に夜間などはかなり危うい雰囲気を醸す、周囲の他3地方を含めた中で最大の都市だ。
その昔、10年以上も前の事である。カントーにて、1つアングラ組織が立ち上がった。そしてそれが世間に名が出るようになり、猛威を振るい始めてから少し経った頃、1人の少年によって呆気無く解散に追い込まれた――その3年後に、此処コガネシティを拠点に活動が再開されたのだと聞いている。勿論、ギルが独り言で疑問を口にしたように、再結成もまた儚く散っていったのだが。




「…。何でロケット団だと思うの?」

「ん?あぁ、だってほら、ラッタとアーボックはロケット団のメジャーな使用ポケモンだし。ま、憶測っちゃ憶測だがよ。カモフラだったら残念、何処の組織の奴なんだろうな」




ふーん、と返して、これで冒頭に戻る。ギルがわらって、彼は温かいのだけど、冷たいなぁ、とぼんやり思って。力を抜いて後ろへ寄り掛かれば、旋毛にキスされた。




呻いた男の途切れ途切れの問い掛けに、自分はただの一般人だと律儀に答える。驚愕、唖然とした、そんなような空気が伝わってきた。嘘も偽りも無い。どんなにやり方が似通っていたとしても、そう、ギルは真っ当なポケモントレーナーの内の人間である。何処の組織にも属していないし、度の過ぎた悪事などきっとした事は無いだろうはず。まぁ私の知る限り、ここ9年の内、では。


自業自得だ、と思う。別に、ロケット団員だから、その組織の悪事が前提に在るから、そういう訳では無く。暗がりから襲う、それに対する相応の報いだ。これを自衛として返り討ちにするのは決しておかしな事では無いし、きっとギルは警察に通報せずこのまま踵を返して、私とのデートを再開させるのだろうから。そう考えたら、妥当である。これ以上にはならないだけありがたいと思っていいだろうくらいには。ある意味では、あの男は中々、運が良かったのやもしれない。





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