シロナの見解



ギルという青年との付き合いは、決して短くない。かれこれもう8・9年にはなるだろうか。出逢い知り合ったのは、少年と呼んだ方が適切なくらいには彼がもっと若く幼く、私もティーンエイジャーで、まだまだチャンピオンの役職に就いたばかりの頃だった。
トレーナーとして未熟で、当たり前の事だけれど、今よりも遥かに弱かったというのも原因の1つに挙げられるだろう。それでもリーグの頂点に立つ者として、失う事など無いよう常に胸に刻んで持っていた誇り。全身全霊を懸けて挑戦を受けたその結果は、残念ながら、とても悔しいものだった。今でも、あの日あの時の想いは鮮明に、はっきりと憶えている。そう、彼は本当に、昔から強いトレーナーだったという事――これは過去の出来事、だから揺らぎようの無い話。そして現在に至っても、ギル君のそれは全く衰えていない事実も、私は知っている。


彼には大切な女の子が居た。少しだけ年下の、綺麗な顔立ちだけれど笑うと可愛らしい、大事な大事な恋人さん。彼女とは私も昔から仲良くさせてもらっている。ギル君に及びこそ並びこそしなけれど、四天王と張り合えるくらいには実力を持っていて。強いか弱いかの単純な2択で問われたら、それは前者。
彼は彼女を本当に可愛がっている。愛している、と言うよりも、いつくしんでいた。慈とも愛とも書く事の出来るその形容が相応しい。大事に大事に、けれど対等に。可愛がるやり方が色々で、些か彼女で遊んでいる時も少なくは無かった。ただそれは心から信頼していてこそだろう。からかいの声音と目元にはいつだって甘やかな柔らかさが含まれている。そして限度も判っていて、その上限に達しない程度で遊ぶのだ。それは間違える事が無い。だって、彼は相当の遣り手であるから。




2人はよく似ていると思う。その上で、まるで両極のような。どちらも自由で、確固たる『己』が存在している。では何が異なるというのか。


彼の場合、自分自身が中心であると――ただそれは決して傲慢故では無く、押し付けている訳では無く、何故か此方が自然とそう思ってしまう、そんな"世界"。華やかに、蓋し静かに。彼の青年を始点・基点として大きく果てし無く広がっている其処は、許容と寛容の場でもあった。
ギル君はたくさんのものを肯定する。『お前がそうと言うのなら、そうと考えるのであれば。それは正しくお前にとっての真実なのだろう。理想なのだろう』と。そうして自身にとっての真実と理想を強要しない、1人1人を認める彼の"世界"。本来、当然の事だろう。そう在るべきもののはず。だけれどそうもいかない、そうはいかせてくれないこの現実。そんな暗く曇った其処へ輝きを見せるのが、彼の"世界"だった、彼の"国"だった。ただの理想でしか無い在り方を真実として、ルールとして足らしめてくれている。故に途方も無く魅力的で、絶対的なのだろう。そう、とどのつまり彼は世界の領主で、差し詰め彼は国の王――ギル君は理想の体現者。


そんな人間の可愛がる恋人、名前をレンと言う女の子、彼女は本当に、自由だ。奔放で、気儘で、まるで猫ポケモンのよう。色みを合わせて考えると、カロスで見るニャスパー、その種族にそっくりだと思う。それに髪の毛先の跳ね具合なんかも。
彼女の"世界"は変容を内包した硬質な場所、否、硬質な器で。風のように自由に巡り、水のように浸透して回る。それを可能とさせているのが確固とした『己』の在り方なのだろう。硬質な器が変移を制しているから、気負い無くいられるのだと思う。その身軽さと気軽さで方々を旅し、様々なものを見て――何か、1つの真実を求めようとでもしているのかもしれない。全てから成る、普遍の理を。或いはそれを見付ける事が、彼女の理想の終点なのだろう。ギル君の"世界"は完成されている。けれどレンちゃんの其処は発展途上、否、むしろ終わらないのでは無いか。何処までも何処までも広がり、続いてくのかもしれない。真実に辿り着くまで。


彼と彼女を見ていると、ある存在を思い起こす。イッシュ地方に伝わる建国の歴史と神話の物語、その要である、元は1つであったという2対のポケモンの事を。理想の黒き竜ゼクロム、そして、真実の白き竜レシラム。それを思い起こした時にはいつもしばらく頭から離れないイメージが有った。
ギル君とレンちゃん、各々のすぐ後ろに、各々の守護者かのように、その2対の姿が泰然と。荘厳とした黒が、優美なる白が、己の選定した人間の守り手として存在している。全てが対。黒と白、陰と陽、男と女、勇ましさと美しさ、理想と真実――けれどそこに強いも弱いも、優劣も無く、どちらも確かで脆く、儚くて揺るぎ無い。そのイメージが描かれる度に、無意識に息を呑み、ほう、と吐いてしまう。それくらい鮮烈で、鮮明なもの。




出逢った当初は、2人はまだ恋人の関係には無かった。いつくしみの発端が何なのか、私には勿論分からない。ただ、もしかすると、そんな対極の姿勢が大きな理由だったのでは、とは考えて。そしてその推測がそれなりに正しかったのだと知ったのは、ある時彼が、笑み混じりにそう零した時の事。


『多分、一目惚れみてぇなもんだったんだろうよ。直感で、あぁこいつは何か俺に無いものを持ってて、俺がしないような事をして、俺が求めないものを求めるんだろうなって、それが興味を引いた、俺があいつに惹かれた根本だったんだろうからな』


楽しそうに目を細め、喉を震わせる。彼は目を閉じると、更に笑みを濃くした。きっと、自分の可愛がる猫の事を瞼の裏へ映しているのだろう。微笑ましくて此方も笑う。嗚呼、少しだけ、貴方達が羨ましい。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -