ギルと早朝の客



只今、早朝。日の出予定時刻の十数分前に、カフェ・オーブ=エ=ソワールの店は開く。まだ薄暗い通りの路上、いつもの位置に立て看板が出されて。とは言えこんな朝早くから来店する客などほとんどとして居ない。日の出が早かろうが遅かろうが、人が来るのは総じて精々7時半や8時頃である。
現在、初冬。寒い時季に、手伝い以外に暖房の役目も担うのがオーナーの手持ちのバオッキーだ。彼は来客が有るまではただただ暇を弄ぶ。目元こそ気怠げであれど、眠気は無い。カウンターの1席に座り、濃い緑茶をお供に、大好物のモコシの実を筆頭とした渋味中心の木の実の盛り合わせを朝食として。


――カラン、とベルが鳴った。




「いらっしゃい。好きなとこに座ってくれ」

「…コーヒーを頼む」

「はいよ」




非常に珍しいものである。とは言え客は客。低く深い静かな声の注文に、ケトルを再び温めに掛かる。
ドアから入って右方向、窓の無い壁側の出入り口から最も奥に位置する席に、全身黒に固めたコートの男は腰を落ち着けたのだが、被っている紳士帽を脱ごうとはしない。別段構いやしないので何を言うでも無いとしても、出で立ちがどうも、陽の下を堂々と行きそうには無い様相で。アンダーグラウンド、それを一概に悪し様には思わない。正直言って、自分とその周囲の大事なもの達が無事であるならまぁ良かろう、そんなこの店長この青年、ギルである。あくまで店側と客側、そこを崩さなければ何も起こらない、はず。




「ッキィー」

「ん。じゃこれ」

「ウキィー」




朝食を食べ終えたバオッキー、エースが皿とマグカップをカウンターの台へと上げる。するとギルが彼へ盆を渡し、赤い大猿はそれを運んで。載っていたコーヒーカップをソーサー共々テーブルへと置きに来た、イッシュにて初めて見掛けるようになったそのポケモンを、中折れ帽の唾越しに男は見遣った。鋭い眼光、しかしそこに存在するのは決して冷たさばかりでは無い。




「…すまんな。ありがとう」

「バオ」

「…よく、店を手伝わせているのか」

「寒い間だけ、な。暖房の役目も果たしてもらってるもんで、逆に暑くなってきたらゲンガーに出てきてもらうんだよ。そっちは冷房役込みでってワケ」

「ほう」

「電気代節約になるし、給料の要らん従業員だし。それに、ウチに来る客にも結構可愛がられてるからよ。今じゃあ逆に、普段居るのに出てきてねぇと、今日は出てきてないのかどうしたんだって言われるくらいでな」

「…そうか」




客がふ、と口元を緩ませたのを薄らと見る。特にやる事も無くなったエースが、男の正面の席を指差して首を傾げた。座っていいか、と。そう訊ねているのだろう赤い大猿に、彼は笑み混じりに構わないと返して。許可が出てしまえばエースに遠慮というものは余り存在しない。よっこらせと言わんばかりに腰を下ろし、少々行儀悪く片膝を立てる。それを咎める声は何処からも飛ばなかった。




「ミスター、小腹は空いてるか?」

「…いや…あぁ、テイクアウトは可能か?」

「勿論。無難にBLTサンドとか、ベーグル系とか…ベーグルはスモークサーモンとオリーブ、生ハムとアボカド、あとは黒蜜・黄粉・白ゴマのジョウト風なんてのも有るぜ」

「――ほう?」

「俺の両親がジョウト贔屓なもんで」

「そうか。………私はカントー出身でね。勿論、隣り合わせのジョウトもよく知っているよ」

「成る程、だから反応したと」

「カロスも中々、彼方とは縁が深いようだ。…とは言え、やはり食に関したところではこれも、逆に中々」

「確かに、衣食住の辺りはあんまりってとこだわな」

「あぁ。…そのジョウト風ベーグルを2つ、貰おうか」

「味は保証すんぜ?」

「はは、期待しておこう」

「あぁあと、いいレストランを紹介しとく。ジョウト・カントーの料理、メニューに無くても言えば多分出してくれると思うぜ。まぁ最悪、俺の名前出してゴリ押しすりゃ大丈夫だろうし。カフェ・ニュイのギルにそんな風に言われたって伝えるといい、どのスタッフでも俺の事は知ってっから。オーナーシェフ引っ張り出してくれる事を願ってるよ」

「…すまんな」

「俺が勝手にするこった。そこの味も俺が保証するし、気が向いたら是非行ってみてくれ」

「あぁ。ありがとう」





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