ズミのギルとの再会



再会は往々にして唐突なものである。連絡先も足取りも分からない状態であれば尚更に。




料理の新作考案に厨房へ籠っていたら、ズミがオーナーであるレストランで給仕をやっている、スタッフの中でも勤務年数最長のフィルマンに体に毒だと追い出されて、現在。彼はこうしてミアレの午後の街中をぶらぶらと目的も無く歩いていた。
モノクルとカイゼル髭の似合うその老紳士にはどうも逆らえない。剽軽でノリが軽く、話を流すのが上手い上に人をからかうのも好き(どちらにせよ余り誉められたものでは無い)らしい従業員の1人も、フィルマンの言う事はよく聞いている。しかし彼のベテラン給仕は、からかいすぎるなと窘めはしてもそれを止めろとは説教しないのだ。手綱捌きの上手い人間だと、常々。


ちょっとした転機にもなったようなあの日から、1年程の年月の経過である。挑戦者は覇者にまで上り詰め、そうしてリーグを去っていった。何をどれだけ得てきた男だったのだろうか。彼に勝るはおろか、並び達する者さえあれ以来現れる事は無く。願わくは、なんて言っても、可能性の低さは中々の程度であった。未だに再会の願いは成就されていない。


――などと思っていた矢先の話だ。あの端正な横顔を人々の往来の間に見付けたのは。
ハッとして、早歩きにズミはそちらへと近付いていく。相手を間違えていないといいのだが、しかし杞憂だ。寄っていけば寄っていく程確信も大きくなっていった。そして、向こうも彼に気付く。少しだけ目が見開かれた後で、それは細まって、口元には何処か楽しげな笑みを湛え。




「お久し振りですね、チャレンジャー。いえ、厳密には元チャレンジャー、ですが」

「ん、久し振り」

「殿堂入りの記録はあの後で拝見しました。…改めて、ズミと申します。ギル、このズミ、貴方に再会出来てとても嬉しく思いますよ」

「おう」

「色々と積もる話は有るのですが…お取り込み中だったようですね。大変失礼致しました、マドモワゼル。楽しいお時間を邪魔してしまいまして」




先程までは目に入っていなかった連れの姿。彼の恋人だろう。その証拠に、繋がれた手は指を絡め合っている。ズミが詫びると、気にしなくていいと少女は軽く笑った。ゆらりとくすんだ銀髪が僅かに踊る。
別にデートはいつでも出来るし、と、何ならウチに来るかと首を小さく傾けるギル。何とも誘われる申し出であるが、本当にいいのか。駄目だったら言うものかと男が軽く笑うので、その言葉に甘えようとズミは頷いた。この後、次に時間がいつ取れるか定かでは無いのだ。可能な内に、幾つかすっきりとさせておきたい事も有る。追い出してくれたフィルマンには感謝をしなければ。あのまま籠っていたなら、もしかともするとまだしばらく会えずにいたやもしれないのだから。




案内されるのは自宅かと思っていれば、予想は外れ、行き着いた先はカフェである。しかも、クローズド。店舗脇の路地に入り、裏口から通されて中へと。木箱や小麦粉の麻袋、冷蔵庫の置かれた小部屋を少女に先導されて抜ける。扉の無い出入り口の先は、調理場とカウンターが一体となった完全なる店内で。電気を点けないと暗かったそこは、よく見るカフェとは様子が異なっていた。
空間のほぼ中央に位置したテーブルへと少女に誘導され、通りに背を向ける形になる側の椅子にズミは腰を落ち着ける。調理場を緩く隠すように配置されているダークブラウンの木目の衝立、そこに飾られている、色彩は落ち着いていながらも鮮やかに思える油絵。夕暮れ時の森と虫ポケモン達の様子が描かれており、何処と無くほっとさせる1枚である。




「ギルー」

「んー?」

「ホットココアとー、ズミさんは何を飲まれますか?大抵のものはお出し出来ますよ」

「…そうですね。では、アールグレイを」

「だってギル」

「おー」

「あとアップルパイ残ってたよね」

「自分で持ってけよな」

「うっす」




随分と小気味のいい遣り取りだと、思わず口元が緩む。会って間も無いというのに、仲の良さがよく知れる2人のそれだ。ズミも何か食べるかと調理場から声を掛けてきたギルに、何か戴けるのであればよろしくお願いします、そう返して。物置の小部屋に繋がる出入り口のすぐ隣に置かれていた冷蔵庫の所で、被さるように背後に立った男の脇の下を潜って少女が出てくる様子を眺める。
失礼しますね、と断りを入れて彼女はズミの正面の席へ。いい林檎の香りだ。焼き色も綺麗に焦げ目がついていて、上々の見栄えである。一口、と言いたいところだがそれは流石に止めておく。




「あぁ、そういえば。貴女のお名前を伺っておりませんでした」

「あ、そうだ名乗ってないや。えぇと、レンと言います。初めまして」

「初めまして」

「ズミさんて、確かカロスリーグの四天王なさってますよね」

「えぇ。貴女は…挑戦にはいらっしゃらないので?」

「私カロスのジムバッジ1つも持ってないし、仮に持ってたとしてもリーグまではって感じなので」

「そうですか、残念です。トレーナーではあるのでしょう?」

「ですよ」

「いつかバトルをしてみたいものです」

「完全に負けるんで遠慮させて下さい」

「おや、またも残念ですね」




苦笑しながらアップルパイを口に運ぶレン。そこへマグカップとティーカップが置かれた。甘いココアの匂いと、これも良い香りのアールグレイである。手持ち替えりゃいけんじゃねぇの、と、話を聞いていたらしいギルが言う。ほう、という事は彼女もそれなりの実力の持ち主か。ねーわ、なんて少々口悪い少女のサックスブルーの猫目を見据えてみれば、レンはぎょっとしたように首を横に振った。




「やマジで無いですって!ズミさんとバトルはしません!」

「…非常に残念です」

「ギル死ねよもう」

「あははやだ」




物騒な言葉に驚くも、あぁそれは普段とそう変わらない遣り取りなのかとすぐに判る程度には余りにも自然体の。笑って切り捨てつつもレンの前髪をぐしゃりと撫でるギルの手を、彼女が払い退ける事は無い。顔こそ嫌そうにしていれど、どちらかと言うなら拗ねた剥れたといった表情にも思える。眉を顰め、口はへの字。アップルパイの最後の一欠片が皿の上から消えるのを眺めながら、ズミは持ち上げたティーカップの縁に唇を付けた。嗚呼、いい香りだ。





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