ポケモン勝負は芸術足り得るか否か



明らかに、これまでの挑戦者とは異なる雰囲気を纏った男であった。一筋縄でいく相手では無い、か。などとそれは大抵ズミに対峙したチャレンジャーの思う事だろう。ヒュ、と微かに鳴る彼の喉、水面がざわりと揺れる。此処へやって来て相対した挑戦者達の中にも、それなりの実力を有する匂いをさせ、此方まで武者震いをしてしまうような者が何名か居た。
――だが、この男。震えるどころか身が竦み、心までも引き攣れてしまいそうな。




(、何を私は…これではいけない)




少しだけ俯き、そうしながら目を閉じる。冷静にならねばならない。流水の音に、清らかなざわつきに耳を澄ませた。それらはズミの心を静かに洗い、優しく撫でては去っていく。ぽたり、ぴちょん。雫が1つ。だけれどその粒が生み出した水面への揺らぎは、ゆったりと沁み渡り穏やかさをズミに齎して。
彼はそっと目を開け、そうしながら面を上げた。挑戦者がこの間へ至り、己の前に立つ度に訊ねてきた事。その問いをあの男にも投げ掛けるべく、息を吸う。ズミの鋭い目がチャレンジャーへ向けられた。さぁ、あの者は何と応じ、そしてバトルへ臨み、一体どんなものを見せてくれるのか。願わくは腑に落としてくれる答えを、その心を。




「チャレンジャー、貴方にお訊ねしたい事が有ります。…ポケモン勝負は、芸術足り得るでしょうか」




男は1拍置いて、ふと笑う。ザザ、ザザザ。流水は常に音を。それに紛れたように、だがしかし溶ける事は無く、彼が言った。――たったそれだけの言葉で成った問いに一体どう答えればアンタは納得する?
見開かれる四天王の三白眼。その答え、応じ方など、想定していなかったから。これまでの挑戦者達は、時にははっきりと己を信じた顔で、時には悩みながら絞り出して、何にせよいずれも『問い』に対して『答え』を返してきた。成る程と頷けるものも有れば、思わず眉を顰めるものも有り。そうして意見を溜め込んできたというのに、だのに此度の挑戦者と言えば、逆に訊ね返してきたのだ。喉に引っ掛かり詰まる言葉、返答。


無意識に口をきつく結んでしまったズミに、男は目を細める。別段、意地悪をしたつもりは無い。ポケモン勝負が芸術足り得るか、否か。一口にそう言っても、それがどういう意味で以て、どんな方面での問いであるのかが曖昧なのでは、きちんと同じ壇上に立って論じる事は出来ないのだから。そんな意を含ませての問い返しだった。言葉が足りなかったか、なんては薄らと思うが、黙り込んだ四天王を見る限りではフォローの必要も無さそうだ。
向こうは何を初手に出してくるのか、対して素直に電気タイプで攻めるか、それとも様子見と弱点対抗を考慮してバンギラスにしておくか。腰の後ろのボール達を後ろ手になぞる。――よし、後者で。彼はズミの復活を待つ。




流水の音を上書きするように吹き荒れる砂嵐と、砂塵の中突き進む水球体、或いは照らす煌々とした光、もしくは轟音を重ねる地の震え。そのどれもが優位を取るものであったにも拘らず、それらを放ったポケモン達は倒れていった。相性、特性による威力の上昇、個体の能力値、彼らとトレーナーの息の合った動き――しかし、敵わずに。単純明快な敗因であろう。挑戦者とそのポケモンが、強すぎた。ただそれだけなのだ。ズミ達を上回って、洗練された動き、蓄積していた経験、その実力。
残る1体を場に出して、四天王は再び目を閉じた。嗚呼、何という事か。熱くなりすぎてしまったのか、もう余裕など無いのか、恐らくは両方なのだろう。荒立つ水面が鎮まる様子は何処にも窺えない。このズミが何たる様である事か、そう彼は嘆息して。


余韻を残した黄土も残滓程に収まっていた。砂嵐の恩恵が直に失せてしまう。ガメノデスの息は荒く、ライボルトの足腰はまだまだしっかりと。鮮やかな黄と青の獣に電光が集束を始める。充電後の電気技を食らってしまえばそこで終わりとなるだろう。タイミングを見極めに凝らされる三白眼。高圧の電流が烈音を共に地を這って、駆ける。




バトルの終わりにズミは男へ言った。


『素材の良さを引き出すのは、トレーナーにも料理人にも等しく言える事。…貴方は随分と、良い腕をお持ちのようです。高みへ至るための答えを…えぇ、もしや既に得ているのやもしれませんね』

『しかしそれでも、貴方へこの言葉を贈りましょう――貪欲に強さを求め、余すところ無く味わいなさい、チャレンジャー。…貴方方の事を、このズミ、しかと胸に留めておくと致しましょう。またお会い出来る事を願いながら』

『願わくはその時にまた、訊ねさせて下さい。次までには、私の意図する事を確かに問いとして伝えられるようにしておきますので。…さぁ、どうぞお行きなさい、その道の先へ』





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