少年が後の大将に出逢う話



ギルの手持ちポケモンはヘルガーとバオッキー。前者は悪も複合であるが、双方炎タイプとバランスの良くない構成だ。あと1年半もすると旅立ちが許される歳となる。流石にこの2体でイッシュを回るのは心許無いかと彼が考え始めていた時の事だった。


炎タイプに拘っていた訳でも無ければ、この先そうなるでも無いだろう。結果的に現在の手持ちの構成になっているだけである。かと言って、両親や同級生達の持っているポケモンに特別惹かれる種族が居る訳でも無い。強いて挙げるなら父親ウィルのニドキングと、それからライモンシティに住む友人のランプラー(厳密にはその進化系のシャンデラだが)か。
…おっとここでもまた炎か、それに気付いて苦笑が洩れた。自分がそう思っていないだけで、実は拘りが有るのやもしれない。


もう1体くらいは欲しいなと、候補を脳内にリストアップしつつ、今日も今日とてトレーナーとバトルをしていると――最後に出てきたとあるポケモンに、どうも興味が湧くのを感じてギルは思わず訊ねる。




「、おじさん」

「おう、何だ待ったは無しだぞ!まぁ、棄権してくれるんなら嬉しいがなぁ、ワッハッハ!」

「待ったは待ったでもそういう待ったじゃなくて。そいつ、何て言うポケモンなんだ?」

「…あぁ、ふむ、成る程な。イッシュじゃあ一部でしか目撃されてないから知らんか。こいつはな、ヨーギラスと言って、サナギラス、バンギラスと2回進化するポケモンよ」

「ヨギラッ!」

「ヨーギラス。サンキュ、帰ったら調べてみるよ。――さて、それじゃあバトルの続き、最後の1戦といきますか。やれるな相棒」

「ガルルル!」




小さな岩竜はかなりに硬かった上、相性の面で最悪に近かったのだが、渾身のオーバーヒートの圧倒的火力の前には為す術も無かったようだ。焦げた状態で目を回したヨーギラスと、あちゃあと手を額へ遣った山男のトレーナー。結局もう1体の方は出番無く終わってしまった訳で。冷静でありながら実は喧嘩好きというあの赤い火猿に、後で無言の圧力を向けられるのだろうと想像に易い。




「おう、なぁ、坊主」

「ん、んあ?」

「やけにヨーギラスに興味を持ってたみたいだが…」

「あー、」

「捕まえるつもりか?」

「出来れば」

「そりゃちぃっと難しいかもしれんなぁ。奴ら、そこのワンダーブリッジの更に先の、15番道路辺りにしか居らんようなんだわ。あっちにゃあやたら強いトレーナーとやたら強いポケモンばかりと話に聞いてる。お前さんかなりの腕前を持ってるようだが、それでもあっちではやっていけんだろうよ」

「…そうか。…残念だな」

「――で、坊主」

「ん。…ん?」




流石に今は手に入れられないかと、ワンダーブリッジへと続くゲートのその遠く先に視線を遣る。そこに呼び掛けがまた、何処か楽しげな笑みと共に。何をニヤニヤしているのかと眉を顰めたギルに、山男が背負っていた大きな登山用リュックを地面にどっこいしょと下ろした。脇ポケットから彼が取り出したのは1つのモンスターボールである。




「これをお前さんに贈呈しよう」

「…嬉しい予感だけど、おじさん何か下心とか、取り引きでも持ち掛けようってんじゃねぇだろうな」

「んな馬鹿な!…坊主、子供は子供らしく素直に受け取りゃあいいのよ。まぁ…確かに、全部真心だと胸を張るのはきついがな」

「えー」

「ワッハッハ!」




これは投資だと山男は言う。無表情に小首を傾げる、己を打ち負かした少年。予感めいたものが有ったのだ。この子供は何処までも歩み、高みを行き、頂へと至るのでは無かろうかと。どうも大人びすぎているような節の見受けられる、若い若いトレーナー。しゃがんで視線の高さを合わせ、暗い金色を覗き込む。静かなそこには青い炎が揺らめいているような幻覚が一瞬。この少年はいつか、大層な事を成すのでは無いかと、そんな予感だった。




「何だかな。お前さんはすごい事を成し遂げちまうような気がしてなぁ」

「すごい事、ねぇ」

「炎の温度と色の関係は知ってるか?」

「色温度」

「そう、それよ。…坊主、名前何と言ったか」

「ギルですよおじさん」

「ギルか。俺はヤスジよ」

「で、ヤスジさんは何が言いてぇの」

「お前さんの瞳の奥に炎が揺らめいて見える。それは、静かでなぁ。そして、青いんだわ」

「…ヤスジさん眼科行った方が良くね?」

「ワッハッハ!だから俺はなギル、お前さんにこいつを渡して投資するのよ!それでな、俺の予感が現実になった時にな、俺の投資を思い出してもらうのよ。つまり恩を売るという訳だな!」




まるで話が通じていないというか、会話が出来ていないというか、キャッチボールが酷い事になっているというか。――否、察してはいる。ただ、それについて触れようと思わないだけで。ギルは珍しく妙な気分に陥っていた。多分照れてんだろうな、なんて、他人事のように内心呟く。
まぁとにもかくにも、貰えるものは貰っておこうと手を差し出した。ポンとボールが渡されて、その後に、頭をわしわしと撫でられたのだが。




「俺がさっきバトルに出したヨーギラスは、大食らいの陽気な奴でな。それでこっちは、冷静で辛抱強い奴よ」

「ん」

「上手い事育ててやってくれよな坊主」




優しそうな表情をしたヤスジに一瞬ギルはきょとんとする。上手い事育てるも何も、それがトレーナーの役目の1つだろうに。言われなくとも、と平然として少年が返した。迷いも気負いも無いらしいその様子に、嬉しげに、男が笑う。




――そして数年後。
旅先で偶然にもばったりと再会を果たし、少年から青年へと成長していたトレーナーが打ち立て始めていたとある事の記録を、それと己の投資物が如何に化けたのかを、自分の耳で聞き自分の目で見たそろそろ50にもなろうという男が、昔と変わらぬ豪快な笑い声を上げたというのはまた別の話である。





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