ギルvsシロナ



赤い光が形を成す。場に計4体、ダブルバトルの様式である。浅い緑の鎧竜が完全に姿を現すと共に、その重厚な体躯を中心にして、何処からとも無く砂塵が舞い上がった。空間に吹き荒れる砂嵐。視界は最悪も同然となる。此度ジャッジを務める事となったリーグ従事員の男は、首元のゴーグルを慣れたように引き上げ視界を保護に掛かった。
対峙し合うトレーナーとそのポケモン達も、無論如何ともしていない。ルカリオ、2体のガブリアス、そしてこの悪環境の原因であるバンギラス。彼らにとって砂嵐は恩恵である。喜ぶ事こそ有れど厭う事など有る訳も無い。また彼らのトレーナーにあっても、バンギラスのボールを放った男にはただただ慣れたものであり、対する女もこれまでに幾度と経験してきた状況だ。傍目に悪しと見えるこの砂塵の嵐は単に付属物に過ぎないのだった。


互いのガブリアスが闘争心を剥き出しにして睨み合い、低く低く唸りを洩らす。普段は悠々と構えるばかりの己のエース格がこうまでに興奮する相手というのも極めて少ない。相手方が如何に実力を有しているかを改めて知れると同時に、同種族への強い対抗心を全面に出すパートナーを嬉しく思ってシロナは薄らと微笑んだ。彼と戦る時はいつもそうよね貴女、と、内心呟きながら。ただ、自分にしても同じように、激しく熱い高揚を得る訳なのだけれど。
始まらない内から苛烈にする2体の獰猛な竜達を己らの隣にして、バンギラスとルカリオの両者は至極落ち着いた面持ちで、初めに足を着けたそこより一切動く事無く、力を抜いた様子のまま佇むばかりである。ただただ開幕の合図を待っていた。悠然と、泰然と。その瞳の奥に静かな炎を燻らせながら。




「使用ポケモンは2体のみ!道具の使用は不認可、どちらか一方が2体戦闘不能となった時点でバトル終了とする!――バトル・スタート!」




最後の1音が彼の口から発され終えたと同時に、通常個体より色の濃いガブリアスが弾丸かの如く走り出す。トレーナーの指示は出ていない。完全なる自己判断である。しかしそれを諌める声も起きなかった。ジットは今日も絶好調らしいな、そんな事をギルは頭の片隅で思う。あのガブリアスの初動は大抵こうだ。本能と直感で行動するところの大きいジットを、そのトレーナーであり最大の理解者でもある彼は制限しない。有用なのならやればいい、それがポケモンバトル――戦いの場であるのだから。
相手のガブリアスが即座に両腕を交差させる。避ければいいものを、敢えてそうして受けようとする彼女にシロナはまた笑った。好きになさいと言わんばかりに。相棒の想いはよく解っている。同種族同士、異性ではあれ、譲れぬのだと。互いに度の過ぎた違反さえ無ければ、あの彼とのこの個人的なバトルにおいて、多少の粗暴さなど目を瞑ろう。


限界まで研ぎ澄まされ鋭利に尖った野性と、恐ろしく繊細に丁寧なままの理性――そのどちらかが一方を凌ぎ、それが覆される繰り返し。これもまた、高みに程近いか、或いは既に越えたか、とかく滅多な事では味わえないバトルの真髄なのだろうから。ギルもシロナも両人、その恐ろしさ、その凄まじさ、そしてその稀有さを理解していてこそ、何も言わずに前を見据えるのである。




あの強者の女と奴らは知らぬだろうが、と、バンギラスはゆったり考える。彼が思考したコンマ数秒後にライバルへと到達したジットが、相手の目前に辿り着く最後の1歩を軸に、トップスピードのまま重心移動。一瞬の出来事である。回転の掛かった体から伸びた腕が、ガブリアスを横薙ぎにした。いつの間にか彼が独自に編み出していた動きだ。瓦割りの技と併用したそれが当たったならどうなるか。異常なまでの力の作用。真横に、文字通りガブリアスが吹っ飛んだ。
何か異様な感覚を得たルカリオが先んじてバックステップをしていなければ、彼を巻き込んで2体は壁に叩き付けられていただろう。まさに鼻先を掠めていった相方にゾッと総毛立つ。これにはさしものシロナも驚愕したようで、目を見開いて固まっていた。が、すぐさま意識をバトルに戻す様はそれこそ流石の一言である。




「彼女なら大丈夫!ルカリオ!」

「ックァル!」

「ギーグ!」

「ジガゥルルル!」

「――波動弾!!」
「――気合い玉!!」




タイプ一致の必中技とタイプ不一致の低命中率技、加えてこの砂嵐。当たらなければ意味は無い。かなりの速力で迫る、己が放ったものよりも小振りのエネルギー弾にバンギラス、ギーグは意識を集中させる。今更避けようとしても無駄なのだ――だから、迎え撃つだけの事。
何者かの接近する気配、そちらへと向けて、彼は最高のタイミングで以て波動の塊を、拳で叩き返した。嗚呼狐の鳴く声、と、そして雄叫びが聴こえる。


激しい音と共に壁に叩き付けられていたガブリアスであるが、あれ程のものにさえそれしきの事と瞬時に身を起こし、音にさせる漲る闘志。やはり貴方は我が好敵手だ!彼女がそう叫んだ。痛みを遥かに凌駕する、血の煮え滾る感覚が最早恍惚を湧き起こす。ジットを前にした時、シロナのガブリアスは、己が己で無くなるかのような、そんな錯覚を覚えるのだ。ひどくおかしな事だが、えらく当然に思えるのが不思議なものだった。
そして彼女は戦いの中心部へと復帰する。より一層目をギラギラとさせ、向こうがしたように弾丸となって。




バトルそのもののレベルというのは、それを行う両者のトレーナーとしての実力によって決定付けられるものである。ジャッジを務める男の考えはこうだった。そして非常に面白いのが、極めて高レベルな戦いを生み出す一端となる者達は、総じて指示の回数が少ない、という事だ。まるでそれは初心かのような。洗練に洗練を重ねると自ずとそうなるのやもしれない。そんな言葉の量で、凄まじいバトルを繰り広げるのである。
眼下の戦いにおいて彼の自論は立証されていた。ジムを制覇した先に挑戦者を待つリーグ、強者の上の更なる強者。頂に腰を落ち着けてから久しい彼女と、そんな女王を接戦の末に下した若い男――2人のバトルに終始、形容し難い震えが自身の身を駆けずり回っている。耳が拾う少ない言葉の数々は、大概が指示というよりか、己のポケモンへの鼓舞や呼び掛けと、そして何より、相手方の動きの流れ、位置の情報伝達だ。


俊敏に懐へ潜り込んだルカリオのインファイトに、最小限の動きで撃を躱し続けるバンギラス。避けきれないものにはガードの構えで受ける。相性的に痛手を被っているだろうに、元々の防御力の高さでか動じる様子は無い。全ての経過において、彼はほとんど初期の位置から動いてはいなかった。
そこにギルが声を上げる。




「ギーグ!10時の方向!――One!Two!Three!Go!!」




瞬きを1つする間に行われた事。小さく1歩、普通の歩幅からすれば半歩程だけ踏み込んだバンギラスが身を翻す――重く鈍そうな見た目に反し驚異のスピードで、そうして爆発的な速力で以て、太い尾が光と共に振り回された。元来硬質な身体である。そこへ更に硬化を与えて技と成ったアイアンテールが、トレーナーの合図にぴったりとタイミングを合わせ、左斜め前方へとルカリオを弾き飛ばす。パワー、スピード、遠心力と硬度に瞬間、それら全ての複合作用。言葉にするのも恐ろしい。
ジャッジが息を詰めたと同時に2体分の痛々しい悲鳴が上がった。思わず身を竦めてしまう。アレは、只で済むようなものでは無い。相当のダメージを食らっただろう。




末恐ろしいと心底思う。このバトルを生み出す、戦いを織り成すトレーナーとそのポケモン達が。ここまでに至るには一体どれだけの場数を踏まねばならないのか、経験を積まねばならないのか、それともそういう事だけではまだ足りないと言うのか、センスというものが大きな鍵となるとでも言うのか。
…何にせよ俺には到底無理だな、と、ジャッジの男はぼんやり呟いた。


さながら喧嘩の如きこのバトルの終わりは、まだ見えそうに無い。





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