跡部



とても近くに居るようで、手を伸ばして届く処には居ない。そいつはそんな距離感を見せる奴だった。否、此方が勝手にそう思ってしまうのか。何と言ったら腑に落ちるのかを考えて、辿り着いた結論は、不明瞭、だった。つまり分からない。だがしかしそれが不快か不満かとでも訊かれれば、はっきりと否定出来る。好ましい、とまでは言わないにせよ、あの女をあの女たらしめている事、と。


誰にでも穏やかに接し、適確に助言を与え、相手を選ばず平等に受け入れる。まるでその様は母親で、あいつが誰かを見遣る視線にはいつだろうと大いに慈愛が含まれていた。この俺にさえそれが向けられるのだから、妙な気分にもなるという話だ。――しかも、あんな事まで言われる始末。


『貴方も素直に甘える事が難しい性質のようだね。私で良ければいつでも話を聞こう、跡部君』


内容はさて措き、気に掛かった言い方に訊ねれば、俺とまるでそっくりな声の知り合いが居るらしい。女の、冬の曇天に青を混ぜ込んだかのような色の目が細められる。目元を柔らかに、嗚呼、これは甘やかにとすら言えるだろう。恋愛感情によるものでは無いという事、そしてその知り合いとやらの、こいつの中での地位や優先順位というのはかなりの上方に位置するのだろうという事。この2つの判断はまず以て確実なはず。
…羨ましい、などと。ちらりとでも思ってしまったのが情けない。




女――神谷レンは、余り自分から出向いてくるような奴では無かった。しかしその元へ行ってしまえば温かい笑みで迎えられる。やぁどうしたのかな跡部君、と、些か今時の女子らしからぬ口調はいつもの事だ。そしてそれが妙に合っている。一切無理をしていない、垢抜けた自然体。むしろ当然であるかのように。




「3日前の放課後」

「あぁ、その事」

「…お前に男が居たとはな」

「どういう意味で、それを受け取ればいいかな私は」

「どうもこうも、純粋な驚きだがな。…八方美人と言うには余りにも真心だらけのお前が、そういう特定の…しかも異性と来た。驚かない訳がねぇ」

「ふふ。私にも恋人の1人や2人くらい居るとも」

「アーン?二股掛けてんのか。今お前の印象がガラリと変わったな、しかもいいのか悪いのか何とも言えねぇ具合に」

「二股、ね。…まぁ、似たようなものと言えば似たようなものか。だけど、それはあれも承知の上だから」

「………」

「さて、ところで。話はそれだけ、なのかな?」

「………あぁ。…いや、待て」

「ん?」

「4時間目が終わったら生徒会室に来い。そこで飯を食え」

「キミの話し相手になればいいという事かな」

「…。…余り俺様を待たせるなよ、飯も冷める」

「あぁ、分かった」





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