ランサー



そこは最早言葉の要らぬ場所であった。言葉など意味を成していなかった。そこには凡ゆる負のものが渦巻き、黒い業火で燃え盛り、汚い泥に淀み、怨嗟が怨嗟を吐いて生んでいた。存在の失われる場所であった。在るものの無く、在ってはならぬものが溜まっていた。そうと言う事すらおかしいとさえ思うようであった。壊れていく、死んでいく場所であった。悲しみ、苦しみ、怨みが皆わらっておどっていた。そこは最早場所でも何でも無かった。


彼はほとんど無感覚であった。彼自身は消えかけていた。彼の感情と彼の意識は染まりかけていた。彼は無感覚に支配されかけていた。この場所の凡ゆる負のものに呑まれ、黒い業火に灼かれ、汚い泥に浸され、怨嗟に食らい尽くされかけていた。
それでも彼は、生きていた。彼の胸元が、ほんの、ほんのりと、淡く光を残したままであった。彼は未だ、生きていた。


<――ケルトの騎士よ、我が同胞よ>

<――道に迷うたならばイチイをお探し>

<――イチイを辿りイチイを求めよ>


『――何処に在ろうとイチイがお前を導く事だろう。これは我らの大切な道標だよ、×××』


低い声が言う。甘い声が囁く。微かな声で教え穏やかな声で誘う。彼には分からない、聴こえない。それでも彼はそう言われ、囁かれ、教えられ誘われるままに道無き道を行く。まるで生ける屍のようである。
それでも彼は、未だ生きている。





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