やられた
あ、と思って立ち止まる。目指していた場所に居たのは見間違えるはずも無いあの人、だった。
彼女が私に気付く。きょとんとしてからすぐににぱりと笑いながら、こちらへひらひら手を振ってくるのを遠目にする。そして、手招き。彼女においでと言われてしまったら、まさか行かないそんな訳にはいかないため、小走りで寄っていく。
「や、こんにちは」
「こんにちは」
「何か買いに来たのかな ?」
「あっはい」
「何飲むの?」
「レモンティーですね」
「そっかーもちょっと待っててね」
「全然、どうぞごゆっくり」
チャリンチャリンチャリン、ピッ、ガコン。友達か誰かのも一緒に買っているのだろうカミヤ先輩は、足元のビニール袋に取り出した飲み物を次々に入れていく。持ち運びが重そうだし是非とも手伝いたいが、如何せんビニール袋の持ち手を片方ずつというのは中々に歩きづらいものだ。無理に申し出るのは微妙なところ。どうしたものかと思っていると、唐突に視界のド真ん中へ出現した、見慣れた黄色。
「ん、?」
「レモンティー買いに来たんでしょ?…あとさーこれ、とこれ、及川クンとイワズミ君に渡しといてくれる?」
「え、えっ?え?」
「じゃ頼んだ!またね鈴ちゃん」
「えっあっはいっえ?あ、ま、また、?」
ちょちょちょちょっと待って………!!!
という叫び空しく1人(と3本)取り残される。いやマジで叫びましたよ振り返る事無くまた手を振られて去られてしまいましたけどね、えぇ。えぇ。何事かよ。嘘でしょ。おい。
事情を聞かせつつ丁重に丁重にお渡しすると、岩泉先輩はクツクツと笑って受け取り、及川先輩は複雑そうな顔に口を少し尖らせて、何処か剥れたようにも見えるまま、手を伸ばしてこずにいた。いやはや何なんだ。とにもかくにも貰ってくれないとこちらが困るのだけれど。岩泉先輩は岩泉先輩で何やら面白そうに及川先輩を横目で見ているし、私にはさっぱり訳が分からないのだが。
「…あいつマジさぁ、」
「クク、良かったじゃねぇか。流石神谷だろ」
「っさいなもーーー別にっ良かったよ良かったけどっ」
「まぁいいからはよ受け取ってやれや、橋田まだ飯食ってねぇんだべ?」
「あ、はい、そう…ですね」
「ほら見ろグズ川」
グズって。…グズって。まぁ中々受け取ってくれないのは確かに唸りそうになってしまうけれども…流石にそれは可哀想、だ?
思わず苦笑していると、こちらに気が付いた及川先輩が困ったように微笑んで、ようやくレモンティーのペットボトルを受け取ってくれた。――私の分のレモンティーは、間違い無く私の手の中に在る。つまり、2本だったという事だ。岩泉先輩は一切迷わずに小岩井コーヒーを選んでいた。岩繋がりか?いや分からないけれど。
及川先輩はレモンティーが好きなのだろうか。少なくとも、緑茶だとか焙じ茶だとかよりはずっと彼に似合っている。
「あーーー、ありがとうね橋田ちゃん」
「いやいや、私持ってきただけなんでお礼ならカミヤ先輩に、」
「うんあいつにも言っとくけどさ。持ってきてくれたのは橋田ちゃんだからね」
「はぁ…どう致しまして…」
「そーだ橋田ちゃんご飯持っといで、まっつんとマッキーんとこに神谷ちゃん居るだろうから、俺ら6人で上で食べよ」
「……………」
「…やだ?何か先約有る?」
「………だい、じょーぶです、行けます、」
「良かった。じゃあ、また此処おいでね。…俺待ってるから、一緒に行こう」
「…はい、」
腹黒さとか、悪企みとか。そういう色の全く無い微笑み。さっきも、そうだったけれど。…何だろうか。とても、直視していられない。