人なるもヒト非ざりて



愛するこの国・日本を守る警察官になる――否、なった。そこまでは良かった。特別隠し事にもならないし、巻き込む巻き込まないも然程の問題ではなかった。…だがコレについては最早どうにもならない。誇らしく、奮い立つ、それと同時に愕然ともした。嗚呼ここがある意味終点か、と。絶望にも、何処か似ていすらしたのだろう。心に蓋をし意識を削ぎ落とす。…ただ、せめて、せめて挨拶くらいは。今の自分が在るのはあの人達の、そしてあの娘のおかげなのだから。何も言わずに姿を消す事にだけは、どうしても踏み切れなかったから。思い残すものを無くせるのならそれで良かろう、と。(痛んで軋む胸なんて、知らない。)


だのに彼らは笑い飛ばした。馬鹿だなと、真面目だなと。父に等しい彼は鼻で笑い、兄に等しい彼は優しく頬を緩め、妹のようで姉のようでもある彼女は呵々と声を上げたのだ。




「ふむふむ。警察官になったはいいけれど早速の部署移動とは、最早これは異例に他ならないね。そして一切合切関わり合いを消す事になる、と。加えて、詳しくは何も明かせない。そこまでして国家安全を謳い、その最奥を担うに高い機密性を保持する故に…成る程つまりは公安だな。素晴らしい。流石は私達の可愛い可愛い才有る子、零くんに相応しいものじゃないか。なぁ賢王よ」

「そうさなぁ、…しかしその姿勢は頂けんがな、零よ。斯様な意気の程度では守るものも守れまい」

「っ、そ、…だよな…はは、情けないな俺…」

「おやそれは違うぞ零くん。この男はいたく単純なところを言っている。もっと胸を張って報告しろ、とね。或いはもっと貪欲になれとも言うのだろうが」

「公安の業務は時に残酷で、時に残忍で、いつかキミを押し潰し磨り潰さんとする事も有るでしょう。ですが零、キミならきっと、大丈夫です。キミの熱意に何かが反応し、何かが感応し、事を上手く運ばせる手助けをしてくれるはず。心配要りません。キミならば、きっと、全うする事でしょう」

「いやはや然り、大いに然りだ。なぁに案ずるな、何てったって"この"私達がついている。キミを手助けし、キミを応援し、キミを愛する私達が、ついている。真にどうにもならなくなったらきっぱり判断して私達を頼る事だね。キミをたすける事に、何の支障も何の憂慮も有りゃあしないさ」




可憐な少女はいつだってえらく男前だ。勝ち気にも不敗の軍師にも見える顔で、フフンと含み笑っている。それは、そういったのは、何もライネスだけではない。彼女は確かに、外見と中身の乖離が激しくはあるけれど。
王様の居振る舞いはまさしく統べたる者、遥か過去より全てを目にし全てを手にしていた者の風格、そして佇まいである。或いは貞にいの、物腰柔らかながら揺るぎない意志を示すその眼差しは、その背筋は、物的ではない、もっと深く根底の、忠誠心にも程近いそれを黙したままに伝えてくる。




「特に私と賢王なぞは、キミらヒトとは未だ根本からして違っているからな。賢王が見通したそのままに成ったのなら、これ以上伏せておく事も有るまいか。いいかいよくお聞き零くん、」


――此処と異なるその世界にて、"我々"は過去より喚ばれ核を得た。動く身体に物申す口、我々を我々足らしめる、存在性を得る事と相成ったのさ。我々は剣を、刀を、槍を、弓を、杖を、斧を、拳を取って戦った。我々でなければ打ち倒せぬ悪意を、打ち払えぬ害意を相手にね。そうでなければ全てが消えていた。そうでなければ、全てが滅ぼされ喪われていた。…そういう世界が、我々の1つ前の記憶で記録なのさ。"私"はライネス・エルメロイ・アーチゾルテだけれど、同時に"俺"は司馬懿でもある。クラスはライダー、敵陣へ攻め込むよりも自陣を守りサポートする事に長けている。そこな賢王はウルクの王たるギルガメッシュ、半神半人の支配者にして制裁者。最盛期ならば熾烈苛烈な性格のままアーチャークラスにて限界するが、あの見目の頃合いはそれの落ち着いた為政者、キャスタークラスのものだ。キミの兄貴分は彼の有名な天草四郎時貞だし、天草の妹は、本来血の繋がりはおろか出自からして丸っきりと異なる、ハサン・サッバーハという暗殺者集団の代々の襲名者だ。芥は私と似ているようで明確には違う成り立ちだが、アレはヒトを愛して人を憎みし盧美人さ。…他にも少なからず此方へ生まれ直しているようでね。その内、そこかしこで出会す事だろうね。あぁそうそう、我らが漣にも同じく、そして我らと同じくした1つ前が在る。滅びに抗うあの世界では漣はただ一介の人であったけれど、特に賢王ギルガメッシュにとっては可愛い可愛い猫の人であったからな。彼が此処へ至った時、己が愛でていた猫もまた此処へ生まれ直す事を、彼は自身の遠見の眼にて知り得ていたのさ。全くちゃっかりしているものだよ、庇護欲を満たす対象がこれでまた手中に収まる算段だったんだからな。さぞやホクホクしながら漣を回収、いや迎えに行った事だろうさ。…とまぁ話は少しばかり逸れてしまったが、帰結するところとしては、そう。




「私はただの一般人に過ぎないけれど。貴方に守られて然るべき国民の1人だけれど。この人達はこう見えて逸脱しているから、そんなこの人達にしてみれば、小さな頃から目を掛けて可愛がってきた貴方もまた、貴方にとっての私のように、彼らにとっての守られて然るべき民草の一部、なんだよ、零くん」




何処か悪戯げに、重みを帯びる目で軽やかに。俺の両手を取って指を絡ませ、目一杯に背伸びをし、そんな彼女に言葉無く誘われるままに、猫と頬を擦り合わせるかのように。髪の毛1本1本その毛先までも神経が通い、色素の薄いそれ同士でお互い慈愛を与え合うみたいに。


――零くん。私達皆が貴方を、見守り、助け、愛しているよ。だからねそんなつれない事言わないで。貴方が貴方を、キミがキミを殺していいなんて。そんな悲しい事、する必要なんかこれっぽっちも無いんだから。私達はキミに、笑って生きてほしいから。


一等ふにゃりと蕩けて笑う、自分とよく似た青灰が、甘やかに煌めきながら俺を映している。嗚呼何と情けなく、それでいて締まりの無い顔をしているものか、降谷零よ。…なぁ、それでもキミは俺を愛してくれるって言うんだな、漣。





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