病める時にこそ誓いを見出だした



「おにーさん」

「、ッ?…!?」


どうしてこんな真夜中に、こんな子供が、此処に。どうして、俺は気付かなかった?…いや、それより、何処かで見た事が有るような――。


「さむい?」

「………それよりキミ。どうしてこんな時間に…1人で出歩いてるんだい」

「どうして?うーん、さんぽかなぁ」

「散歩、」

「それよりおにーさん。どうしてそんなにて、ふるえてるの?」


ヒュウ、と呼吸が止まる。息が、詰まる。真っ直ぐな瞳が、あの時見たあの青灰が。俺の意識を縛り付ける。


「さむい?」

「……………さむ、い、」


さむくなんて、さむくなんてないよ。違う。さむくなんて、ない。身が震えた。何かが、抜けていく。何かを溢して、取り溢して、いきそうな。


「さむいなら、はい、ぎゅうーっ」

「、」


――初めに、それは俺の手を包み込んだ。その小さな小さな温もりは、あたたかに、やわらかに、俺の手から、血管を遡り、肉に染み渡り、心臓にまで、行き着いた。あれだけ激しく耳打っていた鼓動が、段々と落ち着いて鎮まっていく。


「――…あった、か、い」

「おにーさんがさむいっておもうのはね、」


子供が、笑う。柔らかに、穏やかに。微笑う。それはまるで母親が己が子へ対するように。慈しみ、見守るかのように。それはまるで、あの日キミが俺を宥めた時のように。


「命の重さを知ったから。だからキミは寒いと思ったんだよ」

「そして命の重さを知ったからこそ。…こうして触れる熱を、大切なものと知るんだよ、零くん」


小さな体が、俺の頭を抱き締めた。


「れ、…ん、」

「なぁに、零くん」

「………、…ッ…!!」

「ふ、はは、潰れちゃうからもう少し力弱めない?」

「…かった…逢いたかった、」

「…うん。私もだよ零くん」

「は、っ………めちゃくちゃ色々気になる、けど。でも取り敢えず全部措いとく。むり。とにかくまずはキミを堪能したい」

「あらら、よっぽどだねぇ?」

「むり…」

「よしよし」

「…〜ッ!」

「うわっ?」

「キスしたい。いいか?いいよな」

「ん、?!待って零くん急展開過ぎて流石に付いていけな、っん」

「………はぁ…温かくて柔らかい…吸い付いて離れない、ってのはまさにこれを言うんだな…」

「たはは…何だか色々台無しじゃない零くん…」

「いいさ、別に…。現実逃避、ってやつだ」

「現実逃避で違法行為ってどうなの。ミイラ取りがミイラになってどうするの」

「………ン"〜…」

「あと、こんな所でこんな事してたら見付かった時が本当にヤバいでしょうに。取り敢えずまず場所、替えない?」

「…まぁ、それは確かにそうだな」





「お邪魔するよ」

「はいどうぞ。ソファー座っててね。…いい加減下ろさない?飲み物とか何も用意してあげられないんだけど」

「嫌だ。今キミ以外には何も要らない。だからこのままキミは大人しく俺に抱っこされている事。いいね?」

「ええー…」

「…しかし、軽すぎるように思うんだが。ちゃんと食べているのか?」

「食べてますよちゃーんと」

「そうか。ならいい。………なぁ、この部屋、誰かとルームシェアしてるのか?」

「うん。和実って女の子とね」

「ふぅん…」

「何にも気にしないでいーのよ。その辺りは後であの子も交えて説明するから」

「………レン?」

「、ん?」

「そういえば、キミの名前の漢字、何て書くのかなって」

「あぁ、うん」

「それに…キミの事は、ほとんど何も知らないからな。出来れば全てを教えてほしいところだが…」

「追々ね」

「…ん」

「………ん?」

「…いや、…あー、いや、」

「んん、ふふ、なぁに?」

「――レン。あの日から俺は、ずっと…ずっとキミを、想い続けてたよ。また逢いたいと思っていたら、まさかこんなにも長いものになってしまったのは正直、参ったけどな。でも、結果としてこうやって、俺の腕の中にキミは居る。これ以上喜ばしい事なんて、もしかしたら無いかもしれないくらい、嬉しいよ」

「…うん」


これが、初めて人を殺めた後でなかったなら。きっと、もっと素直に喜べたのだろう。奇跡のような再会を言い訳に目を背けていたソレを、改めて認識し一瞬の内に昏がりまで堕ちていく。
この手は。眩しくて綺麗な彼女に触るには。…この手は、この身は穢い、だろうか。


「キミにとって必要な事だったんでしょう?」

「そうでなきゃ誰が!そんな事するものか…ッ」

「なら、あまり思い詰めない事だよ。犠牲は付き物だ、ね?」


見透かしたように、小さな手が俺の腕を優しく撫で上げる。横抱きにした角度から、俺の胸元に頭を預けてこちらを見上げ、緩やかに笑み、彼女の腰辺りで組んだ手の上へ躊躇い無く指を這わせる。心臓が、締め付けられる。また息が詰まる。背中を丸めて彼女を抱き締めた。鼻先で柔らかな銀糸を選り分け、懺悔にも似た思いを抱きながら、小さな額へ、自分のそれを押し当てる。嗚呼、これだからこの人は。


「…それで。嬉しいだけ、なの?」

「…まさか」

「実を言うと、私、結構期待してたりして」

「!!…いい加減、現実と夢の区別がつかなくなりそうだ」

「あははっ、現実だよ現実」

「――好きだ、レン。…いいや、少し違うな。my dearest…ってところか」

「成る程、そう来るか」

「あぁ、これが1番しっくり来る」


――最愛のキミに、どうか…どうかずっと、俺の傍に居てほしい。


「うん。…うん。――キミがそう望むなら。貴方がそう、願うなら。私にとっての最愛の人。零、キミの良いように」

「…もっとちゃんと、言葉で欲しい」

「わぁ拗ねないで〜。………零。キミが私にずっと傍に居てほしいと言うのなら。喜んで何処までも…何処までも、キミの隣に在ろう」


これは、契りだ。
彼女はそう囁いて、満足げに笑った。





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