思いを馳せる
「こんな所でどうしたの、少年」
「…っ、?」
「私、レンって言うんだ。キミのお名前、訊いてもいい?」
「………お、おれ、…れいっていう…」
「零くんか。かっこいい名前だね」
「…レンは、なにしてたの…?」
「んー、何してたと思う?」
「、んっと…おうち、わからない…?」
「零くんは零くんのお家、分かる?」
「わかる、よ!…わかるもん…」
「そっか。そしたら、そうだねぇ、零くんのお家の人に、零くんとお友達になりました、って教えてあげたいから、零くんのお家に連れてってほしいなぁ」
「えっ…」
「ダメ?零くんがダメって言うなら…やだって言うなら、寂しいけど、我慢する」
「!………だ、めじゃない!やじゃない!」
「ほんと?わぁっ嬉しい!」
「っ…でもっ、でも、あのね、」
「ん?うん、なぁに?」
「あの…あのね、…ごめんなさい、おれ、さっきのうそついた…」
「さっきの?」
「おれ、おれね、おうち、わかんない…!」
「そっかぁ、ほんとは分かんないかぁ」
「ご、ごめんなさいっ…うそついてごめんなさい…!」
「あらあら泣かないんだよー、零くんは男の子なんだから、泣いたらかっこ悪いぞー?」
「んっぐ…うう、かっこわるいのやだぁ…!」
「じゃあ泣くの止めないと!だいじょーぶだいじょーぶ、別に私怒ってないよ」
「ぉ、おこって、ない…?」
「怒ってない怒ってない」
「ほんと…?」
「ほんとほんと」
「…ん」
「じゃあ、零くんのお家、一緒に探すからさ。この道知ってる!とか、此処見た事有る!とか、そういうの有ったら教えてくれる?」
「…ん!」
「いい返事だね。よっし、そんなら、はいばんざーい」
「――う、わっあ」
「さっ行くよー!」
「…んっ!」
「レンのかみのけ、きれーだね」
「、そーお?ふふ、嬉しいな、ありがとう」
「きれーだし、いいにおいする」
「そう?どんな匂いなの?」
「んーとね、んーと…んんー!てなるにおい」
「ははっ、んんー!てなる匂いか」
「あと、あとねっ、おいしそう!」
「美味しそう?!食べちゃやーよ?!」
「たべないよぉ!あははっ!」
「ほんと〜?零くんさっき嘘ついたからなぁ」
「!!もっもうつかないもん!!」
「約束する?」
「やくそく!する!おれもうぜったい、ぜーったいうそつかない!」
「偉いなー零くんは。私には絶対嘘つかないだなんて約束は出来ないやー」
「えっ…」
「――あのね零くん。嘘っていうのはね。嘘ついていい時と、嘘ついちゃ駄目な時と、嘘をつかなきゃいけない時が有るんだよ」
「そう、なの?」
「そう。やっちゃいけない事をやっちゃった時は、やってませんて嘘ついちゃ駄目なの。やった事を秘密にしておいた方がいい時は、嘘ついてもいいの」
「ふぅん…?」
「嘘をつかなきゃいけない時、って、どんな時だと思う?」
「え、…うーん………」
「私もねぇ、零くんに解るように教えるの、ちょーっと難しいなって思ってて」
「…レンにも、できないことあるの…?」
「そうだよ、私だって、零くんよりちょっとだけ物知りなだけ」
「…」
「ただ、ね」
「、?」
「零くんの肌の色がチョコレートみたいな美味しそうな色で、零くんの髪の毛の色が、私の大好きなミルクティーの色だっていうのは、知ってるよ」
「!!」
「それに零くんの目。私の目と、色、とても似てると思うんだよね。私、嬉しいよ。こんなにかっこいい零くんとおんなじ色なの、とっても嬉しい」
「――うん………っ、うん…!」
「泣かないで零くん。なぁんで泣くの?」
「おれ、おれっ」
「うん」
「こうえんでみんなにいわれるんだ!おまえへんなのって!にほんからっ…でてけって…!」
「…うん」
「おれなんにもっ、わ、わるいことしてない…!!」
「うん、零くんはなんにも悪くないね。何も、間違ってない。皆ね、分からないんだよ。自分と違うのが、皆怖いの。人はね、怖がりなんだよ。…それに1番大切なのは、おんなじ事する人にならないようにする事だよ、零くん」
「うんっ…」今にして思えばおかしな話だ。彼女との会話に夢中で手掛かりをほとんど示さなかったにも拘わらず、施設のすぐ近くにまで辿り着いていて、そこから先どのように別れたのかひどく曖昧で思い出せやしない。まるで、そう。俺と話をするために、その時間を作り出すために、俺を、連れ歩いたとでも。幼い子供の記憶力は宛になる訳が無いのだが、まるでついさっきの出来事かのように、鮮明な映像と音声が脳裏に映し出されるというのにしても、どうも誰かの――あの人の、意図的な何かを感じてならない事も。
彼女は、綺麗だった。子供の目に、きらきらと光が散らばって見えていた。それ以降会う事は無かったが、嫌な事が絶えなかったあの頃の俺には、一等欠け替えの無い、大切なものだった。
今なら解る。確かに俺は、あの日あの時から、心の奥でレンをずっと想い続けていたのだと。彼女は今何をしているだろうか。何処に居て、誰と共に在っているだろうか。穏やかに過ごしているだろうか。今尚誰かの心を救い上げ続けているのだろうか。
――初めて、人を殺した。仕方の無い事だった。必要な、行為だった。震えっ放しの両手をきつくきつく握り締める。体に熱が戻ってこない。さむい。吐き気すら感じない程、最悪な気分だ。…なぁ、レン。今の俺を見たら、キミは一体何を思うかな。嘘にまみれた俺を、キミは、何て思うだろうか。