終わり無き始まりを見よ



7年前のあの日、気付いたのは、割と偶然の事であったと思う。チェっすんことチェスワフ・メイエルが、件の本を読んでいなかったなら。チェスワフがその日アルヴェアーレにて読書に精を出していなかったなら、或いはそこに和実が昼食を取りに来なかったなら。全ての歯車が噛み合ったからこそ、気付けたのである。知り得たのである。
此の世界は、大怪盗のエッセンスを加えた程度の単なる馬鹿騒ぎばかりの舞台に限らないものだった、という事を。愉快と剽軽を楽しめるだけのものではなかったという事を。自由の国以外にも、まるでアトラクションじみた出来事の溢れる、万国ビックリ人間テーマパークが存在していたという事を。


気付いてからの和実の行動は実に素早かった。祖国日本のニュースペーパーをこぞって漁り取り寄せ、遥か昔のようにすら思う生まれ世のレベルに未だ追い付かぬ電脳の海をこれでもかと泳ぎ回り、時には伝手を使ってアンダー的に情報を求めた。結果、彼女は確信に至ったのだ。推理小説家の父と大女優の母を持つ彼の未来の名探偵は現在におきリアル小学生であり、800ヤード離れた対象を見事に撃ち抜く狙撃精度の持ち主は、此処アメリカにてネイビー地に黄色いアルファベットが3つ並ぶジャケットを羽織っており、日本崇拝者とも言えよう青年がそろそろだろうか2つ目のカオを手にするようになる。そういう時分に在るという事を、和実は確信するに至ったのである。


――つまりだ。今ならまだ、まだ十分に間に合うという事だ。彼女は深く息を吸い、ゆっくりと、吐いた。今ならまだ彼らを、彼女らをたすけられる。死ぬ定めにあるあの人達に、これからも生きていてもらえるよう、笑っていてもらえるよう。そうしたら、それに連なる人達だって。悲しませる事も憎ませる事も無くなるのだろう。真に誰も彼もがエブリデイ・ハッピー!…なぁんていうのは流石に無理が大きいにせよ、幸せになってほしい相手が幸せになれる算段のついた事以上に喜ばしいものは、無いのだ。





立てた見通しを強くイメージしながら、電話越しに許しを乞うた。あれから半世紀程が経ち、移ろいゆく時代の変容に合わせて丸みを帯びつつもあれど、決して完全に緩くなり尽きた訳ではないその初老が、少しでも綻びを見付ければ容赦無しに切り捨てる事もよく解っていた。――で、あるからこそ。だからこそ和実は、己の背を伸ばし続けた。自由とは、責を伴い存在するものだ。自由を得るには責を負わねばならない。それは褒美でもあり代償でもある。


彼は、笑った。溜息混じりに、仕方のねぇ奴だ、とでも言うみたいに。根負けしたとでも、言うように。
電話を終えた和実は大きく一息吐き出した。これが始まりだ。これが、終わり無き始まりとなるのだ。助ける手を差し伸べてくれた、見た目にそう自身と歳の差を感じられぬ少女へ対し感謝の言葉を送ると、彼女は穏やかに楽しげに笑みを溢す。それはまるで、母親のような、姉のような。





「…ところでその、20年も気に掛けてるレン姐の推しってーと…?」

「あぁうん、んーと、ねぇ」





そこへ続いた内容と過去の暴露は、和実の目論見を一瞬吹き飛ばし去る程には、衝撃的なものであったのだけれど。





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