今までとこれから



アパルトメントの一室である自宅で、好んでいるウィスキーのラベルボトルを供にして、しばらく掛かりきりになっていた仕事をようやく終えた後での、休息の始まりを満喫しようと彼がソファーに腰を下ろした時だった。


それは、瞬き1つの間、の事であった。
成人男性の目の瞬き1つの間に、ベッドにコロンと横になり彼を見て呆けている小さな女の子と、今にもその隣へ寝そべろうとしていたような体勢の少女が彼の方を向いたところでやはり呆けて固まっていた、のである。3人が3人、突然の事態に驚きで動けなくなっていた。目をパチパチとさせ、少女達は互いを見遣ってから再び男に視線を戻す。そして、更にギョッとして体を跳ねさせる。




「、はっ?!!!!」
「うえっ?!!!!」

「………Yeah, I feel just as yours do.(俺も、キミ達と同じくらいに驚いている)」




日本語の叫びに対し、思わず日常言語で彼も頷き返してしまう程には、あまりにも唐突であまりにもおかしな事態だった。瞬き1つの間に湧いて出たカラクリなぞ世紀を跨いですら判明するかどうか、有り得ない事象に他ならない。彼は2秒でそう結論を出した。――その、瞬間。




「…、ん?」

「、ん"?!!!!!!」




重ねて更に、先程よりも大きな声量で。バッと少女達が互いを見て、小さな女の子は自分の身体をも確認して 、驚天動地が1周して2人はピシリと凍り付く。恐る恐る、声を出す。




「………、漣姐、だよね………?」

「…そ、だね、私は漣だね………?」

「じゅ、じゅうろくさい、?」

「………16歳………のはずだけど私これ、」

「ギョエエエエエエ?!!!なんっ何で漣姐そんないたいけになってんの?!!!!ホワァイ?!!!!ホワァイリトルガール?!!!!」

「な、何でだろうね………え………あ、え、何歳に見える…?」

「…取り敢えず小2・3くらいにしか見えない…っすよねお兄さん?!!!!これこの人どっからどう見てもロリすよね?!!!!」

「………10歳まではいかない、な。見た感じで言うなら、だが」

「とぉーころがどっこい16歳!!!!ザ・謎!!!!マジUnbelievable!!!!」




頭を抱え込んでから一気に天を仰いだ少女の前で、自分の手を見つめて少々呆けていた小さな女の子が、はたと気付いたように男を見た。「あっ?」なんて素っ頓狂な声を出した後で、すぐさま申し訳無さそうに、控えめに笑う。




「…え、っと。ちょっと、全然、何がどうなってるのか全く分からないんですけど、」

「…いや、気にするな。流石にこの状況で、一方的にキミ達へ説明を求めようとは思わんよ。…ただまぁ、相互に確認はしたいが、な」

「はい…ありがとうございます。…あ、そだ私、神谷漣て言います」




先程の2人の会話から把握するには、見た目こそ子供であるのだが、実際には産まれて既に16年を経ている立派なティーンエイジャーであるらしい。その控えめな笑い方だとか、居住まいを正して律儀にお辞儀をする様子だとかは、確かに無邪気なばかりの歳の子供のするものでは、なかった。むしろ実年齢以上に大人びた振る舞いですらある程だ。
その差違は当然の事不自然なのだけれど、違和感が妙に馴染み深く彼女を取り巻いていたからか、無意識に彼は薄らと微笑みを零しながら、頷いていた。




「そうか。俺は赤井秀一だ」

「しゅっ」

「、ん?」

「アッいや何で、も、」




あたしは中谷和実ッス…よしなに…、と、また呆けた様子で、おさげに眼鏡の少女は、赤井に向き直りながら小さく小さく自己紹介を口にするのだった。










――話を纏めると。
全員が1つ目を瞬かせたその刹那の間、これが岐路であるのは間違いが無いようである。


漣の部屋に遊びに来ていた和実が、従姉のそのベッドに寝そべろうとした瞬間。
自宅へ遊びに来ていた従妹の身動ぎに、漣がベッドに寝転んだまま目を開けた後の瞬間。


そして赤井が目を瞬かせた瞬間、少女達の目に映る風景はすっかり様変わりし、彼の殺風景な自室は華やぎに満ちてしまっていた、と。




「しかも脱いでた靴ちゃっかり履いてるしその上スクバまでな。中身完備だしな。都合良すぎか!」

「…や、ていうか、私達の身元の証明とかどうなるんだろうね…」

「あーーーね。…で、タイミングのいい事にがっこの帰りにATM寄る用事が有ったおかげでカード通帳ハンコ一式と卸した現金まで!これパスポートも一緒にしてあるっていうね…身分証明試してみるしか無いじゃんね。あたしヤバくね?強くね?」

「海外でも試せるのそれ」

「…国際電話で銀行に電話して、とか」

「おー、成る程」




訊けば和実は15歳だと言う。漣は早生まれで、歳自体は1つしか違わないが、2人は学校の学年で言えば2つ、違うのだそうだ。


そんな、子供達。――そう、子供、なのだ。赤井と比べるなどせずとも、明らかに、幼い年代なのだ。
そんな彼女らは、この摩訶不思議な事態において尚ひどく落ち着いていて、しっかりとした様子で状況把握に努めている。取り乱す事も無く、持ち得た情報を交換し、確認作業を行い、その先の展望を考慮する。これは、そう簡単に為せるものではない。場数が要されるし、相応の精神力が要となる。それらの条件を軽々易々とクリアしたかのように、まるでいつもの事だと言わんばかりに、2人は、殊2つおさげの眼鏡の少女においてなどは、えらく、手慣れた様にすら思えていて。


平生閑静を保つこの空間に、異様な、しかし何処かよく釣り合いを得たような、そういう空気を、訥々とした会話が波立たせていた。その存外心地の好いBGMを聴きながら、彼は彼でしていた考え事の一端をさて紐解いてみようとばかりに、疑問を口にする。




「………キミ達は、」




――えらく落ち着いているようだが、実はこういう摩訶不思議な現象に、これまでにも何度か巡り逢っている、とか?
ことりと、男が首を傾けた。普段の彼の、鋭く突き込むような物言いではなかった。この時赤井は、ただただ純粋にその疑問を口にしたのである。応と返されればやはりかと頷いたし、否と返されればこれはこれはと2人の冷静さを称賛した事だろう。そんな、些細な質問であったのだ。




(………、何?)




赤井は器用に片眉を上げた。閉口して、彼はまず考えと思いを正す事にした。2人の反応を見てしまっては、それに向き合うに相応しく在らねばならないと、静かに姿勢を直したのであった。


何故なら返ってきた反応は、この純粋な疑問を生じた深意の無い意識に対し、とても、予想だにしていなかったもの、だったからである。軽い気持ちで訊いただけが、よもやそんな、妙に重ったるい空気にかち合う事となるなど。疲労で無意識になまくらと成り下がっていたか、そこへ来て彼女らの不思議な独特な雰囲気に絆されでもしたか。――いずれにせよ、思いの外、やはりではあるが、事の重大性は中々のものである、と。


漣は困ったような、和実は強張った面持ちで。そして次には、漣は何とも言えないといった表情で和実を見遣り、和実は漣にちらりと視線を返してから、腹を括った眼差しに変え、赤井をひたと見つめたのである。





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