犯罪者予備軍N



「ハァッ…ハァッ…」




荒く、重い息遣いだ。それが静まり返った部屋の中にようくと響き、人の心を恐怖という氷水の中にしっとりと、浸すのだった。


明らかな狂気を孕んだギラギラとした目が、小さな女の子へと、いやらしく意識を向けている。少女は、怯えていた。恐怖で顔が蒼白になっていた。それを愉しみ嘲笑い、嬲るかのようにジリ、ジリ、と鈍重に、しかしハッキリとした足取りで。小さな女の子へ迫るのは――これもまた、少女である。




「かずちゃん待っ、待って、怖いめっちゃ怖い」

「怖くない、怖くないよ大丈夫痛くしないから怖くないよね、ね、漣姐大丈夫だよ、ね、」

「ね、じゃねーからほんと!」

「漣、あの目は残念ながら…もう駄目だ。アレは完全に、過ちを犯しつつある人間の目だ」

「おーまいが、ナンテコッタ」




いわゆる、ヤバい目だ。ヤバい目で、漣と言うらしい小さな女の子にジリジリと迫り迫る"かずちゃん"から、牽制した距離を取りながら後退を続ける長身の男。最早この場に、先程までの少しばかり神妙だった空気は一切合切存在していなかった。
男の首にひしっと腕を回し身を寄せてくる漣。そんないたいけな子供をしっかりと抱き抱え、彼は強張った顔のまま、かずちゃん、基い和実の動向に注意を払い続けている。




「もーヤバいわマジヤベェっすわ、堪んねぇ、細い腕細い脚小さい手足に幼い顔付きアーーーッこれがあの漣姐かと思うとマジ背中ゾックゾクなんだけどは?は?ヤベェっすわ逆にエロいヤバい堪んねぇ背徳堪んねぇなマジでアーーーッ脚舐めたい背中ペロペロしたいハァァァァァァン」

「端的に言ってマジでキモい」

「…これがキミのれっきとした身内で良かったと言うべきか…、」

「良くない。決して良くない。………けど………お縄にされないで済んでるだけ、良かったと言う他無いかもしれませんねー…」




フリでも何でもなく涎を拭う犯罪者予備軍に遣っていた目を、ほんのチラリと首元の子供へ向けた。彼女は幼い顔付きで、大人びた口調と共に達観したような乾いた笑みを零す。その差が何やら艶めいて見える事には、ひとまず気付かないでいるものとしよう。いかんな、と彼は軽く目を瞑る。よもや奴の迫真で異常な様相に引き摺られてしまったのだろうか。自分まで、不埒めいてしまうとは一体何事か。




(――この、人目を引き付ける容姿が悪い、というのは確かに一理有るが)




色白の肌に柔ら赤い小さな唇。猫のような形のぱっちりとした目、キトゥンブルーの褪せた色みは潤いを失わず鮮やかなままだ。それに添えられるたっぷりとした睫毛が微かに震える様は、どれだけ人の心と意識を奪う事だろう。色素の薄い鈍色の銀はよく光に透け、朝陽の中で見たならば眩しく溶けていってしまうのではなかろうか。そんなそれが、耳元を優しく擽っている。ふわふわとして甘い。…そう、何だか、甘いのだ。柔らかく、甘やかなのだ。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -