少年



「少年。キミが危惧し、焦り、恐れるのは尤もな事。だけども幸いにして残念、大外れにして大当たり。…安心なさいな、私はキミの敵ではない。具体的に言えば――確かに一時所属してはいたけれど、私は黒い連中の仲間じゃあない。私は誰も、殺しちゃいない」

「…は、どーだかな」

「ほーんとだってば!だからそんな怖い顔しないでよぅ。ほら、"昴さん"が何よりの証人だ。私は彼と同類だよ。旧知の相手に頼まれて、扉をノックした礼儀の正しいネズミちゃんさ。…色々ごちゃごちゃ無駄に邪推するのを止めてさ、キミが信じる彼の信じる私を「別に貴女の事を信じてはいませんがね」、おい何それ初耳なんだけど。おい。え?」




赤く目を腫らした宮野志保が、何処か微かにでも心軽そうに、部屋を後にした後で。彼女を確と見送ったレンが、ボウヤへ向き直り口を開いた。
彼はまだ、信じきるにはピースが足らないようだ。疑心の強いボウヤの事だ。些細でも納得がいかないのなら、可能性を排しきらずに物事を視る。凡ゆる角度から見極めようとし、1つ1つを並べて見比べ、ロジックを見直し、綻びが無いかをチェックする。それがボウヤの持ち味で、それが推理を導いていく、大事な要素ではある。


愉しげに一笑したレンが俺を親指で指し示す。…が、続いた言葉には、残念だが首を縦に振る訳にもいかなかった。故に1つ訂正を入れたなら。豆鉄砲を食らった鳩のように、何事かと言わんばかりに俺を見る。最早憎らしさすらごく時折感じてしまう程に愛しい――堪らなく愛しい、そんな特別な存在へと、しっかり、微笑んでみせた。




「だって、誰が信じられますか?もう何処にも行くなと愛する男に再三言われて尚、まるで、ちょっと遊びに、なんてようにしてまたふらりと姿を消す。そうして愛する男を、いとも容易く砂漠に放り出す。そんな人を…誰が、信じられようか。…えぇ。約束を反故にするだとか、嘘ばかり言うだとか――人を、裏切るだとか。そういうところ以外では、僕は貴女の事、全く信じていないので。それをよくよくお忘れ無きよう。…いいな?レン」

「ハイ」

「ハァ…本当に、貴女って人は。返事だけはいいんだから」

「返事だけはって何だ!有言実行してるでしょーが!言い種酷いな!………ごめん私が悪かったごめん、ごめんなさい、怖すぎるからその怒気仕舞って下さいプリーズ」








ス、と、細めていた目を薄く開いた赤井さんからの無言のプレッシャー。決して俺へ向けられたものではないのだが、それであって尚、こちらまで萎縮してしまうというか。硬直、してしまうというか。圧力を直に当てられたレンさんはヒェッと細い悲鳴を上げて数秒固まった後、必死に赤井さんを宥めに掛かっていた。




――情報が、揺蕩っている。


キミ達とワタシ達。
魂。
旧知の相手。
扉をノックした礼儀の正しいネズミ。


並ぶキーワード。この人が俺に与えた幾つかのヒント。仮定は可能だ。だが、そんなまさかとも思ってしまう。…いや、でも。――この繰り返しは非生産的だ。それは、解ってる。


彼女を窺うと、赤井さんが淹れた蜂蜜ホットミルクを、マグカップを両手で支えて美味しそうに飲んでいる。彼女は、…若い。見た感じでは20代前半という程度で、若い。
それだけ若いにも拘わらず、赤井さんを手引きした――つまりは先んじて組織に潜り込んでいたという、その答えに行き着いてしまう。どう考えても無理の有る答えだ。シルバーブレットを招き入れたのが、こんなに若い人だなんて。赤井さんは3年前から組織の中で活動を行っていたはずだ。先んじて潜り込み、人材勧誘の役を許されるようになるまでの信用を獲得するには、更にそれよりも前の時点で組織に身を置き始めていなければ、まず以て成立し得ない事だろう。そうなってくると見積もっておよそ…、少なくとも約5年。そう、約5年は前から組織に潜り込んでいたと見て間違い無いだろう。




「…レンさん、」

「ん?なーに?」

「…一体何年前から組織に居たの?」

「…んーと、確か5年前…もうちょい前?6年は居ないけど、そのくらいかな」

「………今、何歳?」

「、」




思い出すのにきょろりきょろりとさせていた目を、ぱちりと開いて俺を、じっと見てくる。多分、今の俺の顔は、大層情けない事にでもなっているのだろう。…だって、しょうがねーだろ。有り得ねぇ仮定だ。馬鹿げてるとすら思う仮定だ。そんな、…この人はヒトじゃない何か、だなんてそんな。そんな非現実の仮定なんて、だって馬鹿げてるじゃねぇか。




「…私かい?私はね、少年。今、21歳だね」




ひどく愉快そうに、悪戯めいたサックスブルーの瞳の奥が、チカリと光る。ただそれはねと続いた言葉に思わず彼女の隣の男を見れば、彼は困った顔をしながらも同じように、何処か面白そうに俺を見てくるもんだから。2人共が新たな真実への扉を前に、俺という1人の新参者を待って佇んでいる、ものだから。
マジかよ何だそれ…、なんて呻いてしまいつつも、心の底、鳩尾の奥の辺りから湧き上がってきている興奮と、好奇心に――頭では呆れ返りながら、口のにやつきに、身を乗り出してしまっていた。





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