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しばらくその場を動かずにいた2人は、島で1軒だけの服飾店で男の服を購入し着替えた後に、各々手持ちのポケモンで空を飛び、少女の家の在るカナズミシティへと足を運んだ。道中レンがホムラに腕は疲れないのかと、ゴルバットの脚に掴まる様子に思わず訊ねた(余りにも長時間は無理であるらしい)り。2人と同じように秘伝技で空を移動している者と、離れてこそいれど擦れ違ったり。そうして1時間程で目的地に到着である。静けさと賑やかさの共存、カナズミシティ。
自分にはほとんど関わりの無い街だったなと男は思いながら、アスファルトの上にそっと、優雅な様で降り立った青い鳥の少し横に、低空まで降下していたゴルバットの脚から手を放し跳び下りた。着地の音はひどく軽やかな。ホムラにとっては何の事も無いものだが、レンには違っていたようで。




「ホムラさんすっご…脚折ったかと思った」

「は?…あぁ、ウヒョヒョ、まぁ鍛えてるし」




チルタリスの背から滑り降りた少女を見下ろしながら答えて返す。それは見て判るけど、と、女らしい、色白で細く頼りの無さげな手が、男の腕に触れた。筋肉を確かめるように力の緩急をつけて、パーカーの赤い布越しに。何と硬い事か。ホムラもレンの腕を触る。手と同じで細く、自分とは凡そ違う柔らかさ。何の気無しにやわりと撫で上げれば少女は微かにびくついた。




「ウヒョ、何びくついてんだァ?」

「逆に訊きますけど何でニヤニヤしてるんですか」

「そりゃお前がびくついたからだろ。…何だ、変な気分になったか?ウヒョヒョ!」




――彼は至って変わらないままの揶揄を行っただけ。なのだが。それはホムラのみに言える話であったらしい。とても唐突な、全くの想定外な。男には形容し難い表情をして――泣きそうで、堪えているようで、戸惑っているみたいで。思わずハッとしたホムラが取った行動は、きっと彼には無意識のもので。動いた体、動いた口と動いた腕。しまった、と、男は頭の隅で思う。こんなようにしなくとも、髪をグシャグシャに乱してやるなり旋毛目掛けてチョップを落としてやるなりすれば、良かったのだ。




「っ、?」

「今のは俺が、…不用意だった。………ウヒョ、お前そういう顔もすんだなァ」




戸惑い、堪え、泣きそうに。そんな表情は今まで見た事が無かった。この少女は、そう、海藻のようだったから。ゆらりゆらりと揺れ漂っているが、決して根元までそうなる訳では無かったのだ。しっかりと何かに根付く。それは海の中であろうが陸の上であろうが、何処であろうが根を張れるものがそこに在るのなら成せる事。
しなやかな、柔を以て剛を制す人間だ。そんなレンが、見せたのは初めてのカオである。ホムラが、笑っていた。珍しい事に彼自身はそれに気付いていない。嬉しそうに、楽しそうに。尤も、かなりに判りにくいではあるのだが。男は、よく解っている己の事であるのに、それを知らない。




レンが実家で挨拶を済ませ落ち合う場所へとやって来ると、この先の旅の伴は人気の無い公園の、噴水を縁取る石の段に座っていた。彼のグラエナが外に出されていて、従順に主人の傍らに伏せている。少女はその時斜め後ろに居たのだが、鼻の利く黒犬が彼女へ振り返るのは妥当な事だ。
それに、そろそろホムラも自身の五感と気配の感知でレンに気付くのだろう。男は、これまでアンダーグラウンドにて生きていた。そこで高められ活かされ続けてきたものの鋭さを、及ぶ範囲を、少女は全てで無いにしろ、知っていたから。




「…ホムラさん、お待たせしました」

「ん」

「それじゃあ…行きましょう」

「ウヒョヒョ、行き先は」

「ジョウト、エンジュにでも?」

「了解」

「――ホムラさん」

「あ?」

「いつでも、辞めてくれて、いいから」

「…」

「これからよろしくお願いします」

「………ヨロシク。ウヒョ!」





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