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「マグマ団、無くなっちゃったね」



少女がぽつりと呟いた。男が、…あぁ、と小さく零す。




「マツブサさん、居なくなっちゃったね」



少女が呟いて。男が小さく零して。
どちらの目も、遥か遠くの水平線へ向いていた。どちらもトクサネシティの高台の地面に胡坐を掻いて座り込み、どちらも静かなままに。


ちらりと視線を彼に遣って、この後はどうするのかとレンが訊ねた。これまでによく見てきたあの赤いフードの、それの無い、隠されていない目元。黒はじっと彼方を眺めている。さぁ、男の考える事とは。問いの答えが返ってこないから、あれか、これか、と予想の候補を浮かべて。
そうして、待つ。黙って、待つ。




「――別に何も考えてねぇけど。…ウヒョ、どうすっかねぇ」




ようやく返ってきたものはそれだった。微かに目を伏せ、口の端を僅かに上げ、その小さな表情の移り変わり。そして答えを――恐らくそこには自嘲を伴いながら、だろう。男がそれを否定するか、無言を与えて寄越すか、どう返してくるかは確信など持てやしないが、勿論レンも教える事は無く、分からないままに終わるのだ。


独特な笑い方が耳に跡を残していく。決して悪いものでは無い。むしろと言うべきか、これも1つ、少女が男を気に掛ける大きな要因であったから。
自嘲と、困惑と、諦観と。レンはそのように感じたが、それが正解であるかは、男自身にさえ分からないのでは無かろうか。ただただ黒い三白眼が此方へ向いて、彼女は1つ瞬きをしてから口を開く。




「…家に帰る、とか」

「それはねぇわ」

「あ、うん」

「…お前は」

「ん、え?」

「お前はこの後どうすんの」

「あ、あー…私はー…」




質問の内容を返されるとは思っていなかったのか、僅かに目を見開いた少女を置いて、ホムラは視線を空と海との境に戻した。濃さの違う青。敵対していた組織の掲げる色で、アレらが世界を侵そうとした色で。己はそれが果たして憎かろうか。その感情というよりは、もっと何か無機質に思う。排除すべきと刷り込まれているのも恐らくは有るだろう。




「取り敢えず、別の地方にでも行って、みよっかなぁ、ってくらい?…ですかね」




外れたり、付いたりする、敬語。かと言って、それはひどく緩いものだが。
――同じだけかは分からない。ただ、似たように、弱まった青。アクア団が掲げアクア団の増やそうとした海の、深い色とは異なったそれは、煙突山から見上げた火山灰越しの――あのグレーと混ざり合ったような、空の。何と呼ぶのかはさぁ分からない。しかし興味の無かった事だというのに、どうも、その名を知りたくて。




「お前のさァ」

「えっはい」

「その目。の、色」

「…はぁ、それが何か…?」

「何てーの」

「………えぇえ、いや私にもちょっと…あんまり気にした事無いし」

「あっそ」




この少女は何故己を助けたのか。1つ間違えば自分も、手持ちのポケモンも、全て死んでいただろうに、そうなるかもしれない可能性の高さを自身でもよく理解していたろうに。熱くて、熱くて、熱い泥。あれに呑まれる事を覚悟していた。そんな己に手を伸ばした、少女。後で、と言っても、今から数えれば1時間と経っていないが。ホムラがようやく何故と問うたなら、ひどく間抜けな様子で。


『…お前、何で俺を助けた。自分まで死ぬとこだっただろ。お前だけじゃねぇ、お前のポケモンもだ』

『な、んで、って…や、何で…何でだろ…?』

『ハァ?』


あれは思い返してであるから笑いようも有るものだ。小さく小さく喉の奥が震える。
と、それに被って、高くは無い声がまた隣から。




「ホムラさんがいいなら、なんだけどね」

「おう」

「…あのさ、私と一緒に、旅、とか、」

「………」




それきり少女は黙った。そちらを横目に見てみると、幾らか俯きがちである。知らない青がくすんだ銀に隠されている。それが、余り好ましくない。


初めから気にはなっていた、とか。その理由は何故か、とか。少女が自分に対して終始棘の無い態度であった事だとか、それが面倒だの鬱陶しいだのと思わなかった己だとか。
不可思議の存在に気付いていても、敢えて触れずにいた。そうしておくのが正解なのだと――あれは、嗚呼、蓋をしたり、鍵を掛けたりするのと似ている。仕舞っておいたのだ。意識的にか、無意識にか。分からないが、自分でも知らない事なのだが。そうやって背を向けていたのだ。




「…、ウヒョヒョ。…ま、それも有りか」

「!」

「で、何処行く?」




レンが驚いたのはその言葉にばかりでは無い。彼の、その、表情。いつも目にしていたものとはひどく違っていた。それはレンが驚いた瞬間にはすっかり消え失せてしまったが、彼女の記憶に焼き付いて、じりじりと、燻り続けて。――そんな顔も、出来たのか。なんて、男に言ったなら、どんな反応をするだろうか、嗚呼気になってしまう。




「あ、っと、あの、1回ちょっとジョウトに戻ろうと思って!」

「ジョウトに戻るゥ?」

「私こっち来たの大きくなってからなんですよ」

「フーン」

「で、ジョウト戻ってちょっと回って、そしたらジョウトの隣のカントー行くの。もっと他の所にはその後と思って」

「いんじゃねぇの」




知りたい。色々な、様々な、表情を、考え方を、思う事を。少しずつでも、1つずつでも。





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