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顔を合わせたその時にきちんと了承を得ていた事ではあった。それでもやはり、苦い。面倒なものに付き合わせてしまったなと、何度も何度も。思えば碌な事が無いばかりであったとも、そうして心底申し訳無かった、と。
しかし、それを彼は笑って飛ばすから。快活に、何とも無いといったように。笑って飛ばした後、ゆるりと笑んでは私の頭をぐっしゃりと撫で、案外楽しいしな、などと言うのだ。それにお前みたいなのがマスターだったのは重畳だ、なんてすら宣う。普段ははっきりと強い紅を彩る目の、その柔らかさがとても、ありがたかった。


ごめんなさいと囁けば、彼は苦笑して。いつもの気の強さは何処行ったよ、と、紅に多く染まった唇が動く。この人を犠牲にして、此方の思惑通りに事を運んだ。彼が嫌う裏切りでは無い――だのに、ひどく、苦しい。頬骨の辺りにぽたり、ぽたりと垂れていく。膝の上で、もうすぐに消えてしまうだろう彼が緩く笑んだ。嗚呼、どうして。何故笑うの。


『泣くな、漣』

『くー、』

『最後、に見るお前の顔が、泣き顔、とか、勘弁してくれよ』

『…っ!』


弱い力で頬に指が触れる。器用な自負は有っても、こんな時ばかりはそれも無いようで。笑えるものか。ばか、と呟いては彼の額に、身を屈めて自分のそれを重ねる。


『くー、…クー』

『…ん』

『ありがとう。今まで、ありがとう。だいすきだよクー。あのね、最後の命令するね』

『…おう』

『私と、約束。して。…また、逢おう。ね、クー。約束だよ』

『…っは、無茶な約束、取り付けやがる。…いいぜ、マスター。約束だ。…また、逢おうな』

『――ばいばい、わたしの、たいせつなサーヴァント』

『…あぁ。またな。おれの――たいせつな、マスター』








ぱち、と覚めた目、それとは別にぼんやりと、醒めない頭。少しだけ、久し振りに見た。目尻から垂れていた涙をそのままに、腕で視界を閉ざす。アレが何を示しているのかは分からない。だけどとても、とても大事なものなのだと。それだけははっきりと理解していた。頭も、心も。まるで魂にでも焼き付いてしまっているかのような、そんなもの。何故なら夢にしてはやけにリアルとでも言うか、恐ろしく他人事に思えない。身に馴染むこの苦しさと、同時に、愛おしいとさえ。
魂の記憶か、なんて、ふざけて考える。しかしそれは、馬鹿みたいに胃の腑に落ちた――誰かが、何かが、肯定していた。思わずその名を、クー、という音を、口に出して。何故だろうか。舌先で転がしたそれが途方も無く恋しくて、かなしくて、目が熱くなった、歯を噛み締めた。




特に変わらない日々。学校へ行って授業を受け、家に帰ってきて、夕飯を食べ風呂に入って寝る。その繰り返し、繰り返し。一般家庭に生まれ、親に育てられ、今もこうして成人への道を着々と歩んで。この変哲の無さが幸せなのだろうと。昔からどうも成熟した思考を持っていたようで、それを周りにも言われていた自分が思う事とはそんなものだ。勉強面に関しても、飲み込みが速くて、特に努力をしなくてもテストの点数は高いままをキープ出来た。どうしてか漠然と、当然だと思いすらしていて。




今日は何だか妙な日だった。何かが、体の奥底でじりじりと。そしてそれに急かされてでもいるかのような。理由は分からない。しかしとても、大事な事のように思えていた。
帰り道、ふらりと公園に足を踏み入れる。この時季は今の時間ではもう幾らか暗い。人が居なくて、閑散としていた。昔はよく遊んでいた場所。何人かで鬼ごっこをしていた憶えも有るには有るが、基本的には1人で黙々と砂の山を作っていたような気がする。それか、地面に何かを描いていた。あれは確か、図。何だったっけ、そう思わず呟く。じり、とソレがざわついた。何故か、聴こえなくなった周囲の音。




「………"Anfang"、」




――今、自分は何を言った?








「『告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の槍に。聖杯の寄る辺無くしても、この意、この理に従うならば応えよ。彼の時の誓いを此処に。――再びの邂逅を我は望もう』」





意識に関わり無く自分が紡いだそれを、私は何処かで待っていたのだろう――嗚呼、そうだ、思い出した。


分からない、だけどもよく解る涙が伝って舐めていく頬を、彼がまた。


(――よう、マスター。約束通り、また逢ったな)
(…くー、)
(あんだよ、感動の再会だろうが。笑えって、今度こそ)





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