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あれから2週間が経った。その時間の中で判った事と言えば、あの2人の少女はとにもかくにも人畜無害で、どうにもこうにも表の人間なのだというそれだった。決して短くはない間この世界へと身を置いていた私にとっては、彼女達はひた眩しい。そして、異質、の一言に尽きた。それは良くも悪くもだ。そう、良くも悪くも、異質だったのだ。私にとってあの2人は異質であるのなら、あの2人にとっても私は異質であるのだろう。これは、そういう事。どちらが良いも悪いも、正しいもおかしいも無い。それはただただひたすらに、事実でしかない。



沢田千代という名前は、とても日本人らしくて嫋やかだ。柔らかな響きに、春の木漏れ日を眺めるかのような気持ちにさえなる。その名に恥じず、彼女は丁寧で、真面目で、しっかりとしていて、だけれど何処かちょっとばかり抜けていて、芯の強く根の優しい、いい子だった。
しかし流石、弟や父親の説得(母親には笑って送り出されたというのだから、千代ちゃんはそちらの血を色濃く継いでいるのやもしれないし、或いはその母親が、沢田一家4人の中では実は最も広い器と豪胆さの持ち主だという場合も考えられるのだが)を全て撥ね退け、想い人のために単身ヴァリアーへとやって来ただけの事は有ろうか。彼女の目にはその彼しか映っていないようで、ベルがえらく不機嫌な時が1日を置かずとやって来る程である。あればっかりは、私も少しマジになって忠告してしまったものだ。



『ベル坊、そんな不機嫌でつっけんどんだとさしもの千代ちゃんも普通に傷付くぞ〜?』

『ッッせーよブス!!!』

『てーかまさかお前、彼女にもその調子でブスだの何だのなんて言ってりゃあしないよね…?』

『、………』

『…えっマジでそれ、や、ほんと傷付くと思うよ…?』

『……………』



自分でやっておいて自分でも傷付いたような空気まで出した少年が、口を大きくへの字にして去っていく、その案外小さな後ろ背を見送りながら、思わずそっと笑ってしまった事は割と記憶に新しい。
ヴァリアー幹部の中では末っ子ポジションの、ベルフェゴール。甘えた構ってちゃんなところが有るワガママ王子にとって、千代ちゃんは大好きなお姉ちゃんのようなものなのだろう。そんな相手を誰かに取られてしまう、その不安や嫉妬。ベルちゃんもほぉんと可愛いトコ有るわよねぇ、と、ルッスのくすくす笑う様子に同調する事がこの2週間で随分と増えたものだった。



――そんな沢田家長女に対して、別世界からの迷い子・浮月満瑠は、彼女は彼女でやはり日本人然としていた。千代ちゃんとはまた違った、言うなれば等身大の高校生。

誰かが血を流して帰ってこようものなら、顔を真っ青にして、直接に患部や赤色を目に入れないよう視線を彷徨わせながらも、ひどく心配そうにオロオロとする。不謹慎かどうかは微妙なところだが、廊下の角の陰からこっそり見たその様子に失笑を禁じ得なかったのは、彼女の優しさがあまりにも清らかで、人殺しや傷負い事象だらけのこの屋敷に、この世界に、心底場違いだからであったろう。
隣で笑っていた相手が、任務に行って帰ってきたのが物言わぬ死体、否、むしろそうして形が還ってくるだけまだマシで、珍しいか。ほとんどは片道切符でもう戻ってはこないのだ。此処は、そういう世界のド真ん中。

ここ1週間でほとんどの毒気を抜かれきったのも有り、監視、というよりも最早観察に近くなっていた。ルッスとの密会で盛り上がりのタネとしたり、興味が無いとは解りきっていれど報告の一環としてボスに一方的に喋ったり。――しかしマフィアというもの、裏の世界というものに一切の関わり無いただの17歳の女の子の、他愛の無い下らない情報は、ボンゴレ血統と全くの無関係であるというただ一点のみで以てか、僅かながらもあのザンザスがぽつりぽつりと反応する程度には愉快も得られたようで。当然それにはかなり驚いた訳だったが。



「あの時のスクアーロの顔はマジで傑作だった」

「ハッ、カス鮫が。アレも腑抜けきったもんだ」

「フェドーラ、あれからしばらくは怒りっ放しだったもん。彼女そういうとこには誰相手でも厳しいからねぇ…今回は満瑠ちゃんが居合わせちゃったから余計にかなー」

「…小間遣いの分際であそこまでツラが厚くて態度のでけぇ奴は、あの女と、あとはテオドージオくれぇだろ」

「あの2人はー、ねー、ずぅっと付いてきてくれてるもんねぇ」



少しだけ本題からズレた事を続けてしみじみと口にすれば、彼は黙殺してエスプレッソのカップを傾けた。



フェドーラは給仕長で、テオドージオは料理長だ。この2人はヴァリアー邸の下々の中における、最古参の二大巨塔である。その付き合いの始まりはザンザスが少年の頃にまで遡る。最初こそただの専属給仕と一料理人であったけれど、今や彼女と彼は多くの下を束ねる長となっていた。その経験と手腕はヴァリアー邸の使用人達の内で最も優れていて、その対応力と胆力たるや、特に私達幹部連中にとっては最良の理解者であり最高の下働きなのである。
何せあのザンザスの下で、あのヴァリアーの下で、10年以上も生き続け、活き続けていたフェドーラとテオドージオ。その凄まじいまでの胆座り、見極めと匙加減の絶妙さには脱帽するしか無い。気に障った瞬間身体に風穴が開くか、パーツが吹き飛ぶか、2分割されるか、ナイフのサボテンになるか――今でこそ全体的に丸くなってきてはいるが、とにかく"終わる"のがフツウであったこの組織の中で、10年以上もだ。10年以上も、しかも五体満足でピンピンしている。これはまさしく奇跡レベルの偉業。決してオーバーな表現なんぞではない。それを打ち立て続けているあの2人は、最早ドン・ボンゴレにも引けを取らないだろう御仁であると勝手に思っているし、これをひっそりしっかりと裏付けるかの如く、頂点から末端までのヴァリアーの誰もが、彼女と彼相手には逆らいきれないのであるから。

――そして何より、フェドーラとテオドージオは。誰によって何が有っても。誰が何を起こしても。ずぅっと、ずぅっと私達の後を付いてきてくれていた事。それは疑いようの無い、何の魂胆も裏腹も無い、誠実で潔白な忠誠だった。あのザンザスでさえ、その2人分の真白を、表にこそ出さないけれど、認めて、受け入れていた。それは本当に、偉大な事なのだ。



「…バースデープレゼント、次は何をあげようかなぁ」



ふと呟いた一言に、天地引っ繰り返ろうが素直にはなり得ないこの人が一体何を思うかは、よく解っている。



「あ、私はほらあそこの、あのお店のケーキ、全種類1個ずつでよろしく手打ち致しますよ」

「………ジャポネーゼのくせに謙虚っつーモンは何処行きやがったチビカス。遠慮の無さからして、てめぇ実のところはチャイニーズなんじゃねぇのか?」

「ノンノン、ふふふ、ジャポネーゼの謙虚はTPOと密接なんだよう?」



…そんな呆れた目しないで頂けますかおにーさん。事実だから。これほんとの事だから。






そしてそれは厄介の始まりとなる。

平穏という無事の終わりと共に。

(――予想通り、首輪を外されました。あとは私のGPSで。…ベルフェゴールにはお座りさせておいた方がよろしいかと。適任はレヴィ・ア・タンでしょう)





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