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――何故。どうして。



「…何でてめぇが、」

「ご機嫌ようザンザス様。いいえ、我が主よ。そして我らがボスよ。あれからわたくし、ドン・ボンゴレに引き取られ月日が経ちまして。此度、ごくごく勝手な私情によるヴァリアーへの配属希望が晴れて認可され今これに至りました」

「…」

「あの日の誓い立てを、貴方への約束を、今此所へ果たしに参りました。それを貴方が憶えていても忘れていても、どちらであっても何であっても。この時のため、わたくし己の全てを以て、生き続けておりました故」

「…ハッ、義理だけで俺に仕えようと?」

「義理も含めて、貴方にお仕えしようと。貴方に誓い立てた矜恃と、貴方に約束した義理と、貴方に助けて頂いた御恩と――そして何より、…私を私として見て、私が自ら決め自ら起こした行動を否定せずにいてくれた、ザンザス、貴方への感謝と」



私の養祖父になってくれていた学園長は、私をただ孫としてしか見ていなかった。彼にとっての私は守るべき孫で、導くべき孫で、養うべき孫以外の何者でもなかったんだ。他人ってそんなもんなんだなぁって思うようになっていたあの頃の私を、だけれど貴方は、私を私として、漣という1人の小さな子供として、1人の人間として見てくれた、その初めての人だったんだ。あの頃1番近くに居た、実際に血だって繋がっている学園長の彼ではなく、全くの他人だったザンザス、貴方が、"私を私にしてくれた"んだよ。だから私にとって貴方は、誰よりも大切な、何よりも大切な私のイチバンだ。…だからザンザス。いいえ、私の敬愛なる君。私は貴方の手に。足に。目に。耳に。なれるものなら何にでも。幾らでも、際限無く。私の全ては貴方のために尽くされる。――私の命は、貴方のためだけに。



記憶の底の小さな生き物は、あの頃の嫌にまっすぐな目のままに、俺を見ていた。俺の目をひたすら見つめ、俺の目の奥でもか見据え、澱み無く、それを言い終えた。…そうした後でふと、何処か困ったように笑いながら。



「…なぁんて、まぁ、貴方に嘘はつきたくないからこの際正直に言っちゃうんだけど。あ、や、勿論今のも本当に、きちんとした本音だよ、そこに嘘は絶対に無いって断言する。…ただ、…へへ、ねぇおにーさん憶えてる?」

「…てめぇとの事で憶えてねぇ事なんざねぇよ、チビカス」

「!、そっ、か、それはとっても、嬉しいな」



1回だけ、1回だけ私に、キス、してくれたでしょう。ぐずぐず文句言って泣いてた私に、いい加減泣き止めって。…私ね。あの日サロンで貴方の後ろに隠れたあの時から、あの時からとっくにね。

――その先は、聞く必要も無い。今度は視線を床へとうろうろ漂わせ、歯切れも悪い、そいつが。一体何と続けるつもりであるのかなど、最早どうでもいいものだ。無駄な事を言い出す前にさっさと距離を詰めてやる。するとハッとして顔を上げ、俺を見上げてくるそいつの目は、あの頃から全くと変わっていなかった。冷めていて、凪いでいて、見透かしているようで、何も考えていないようで。いつの間にこんな近くまで、などと少しだけ焦ったらしい様子で、いつぞやのように失態を恥じる表情が妙に懐かしい。てめぇこそ――てめぇこそいつの間に、こんな深いところまで、俺の中に入り込んできていやがった。
どうして色褪せる事が無かったのだろうか、などと、今更惚けて愚かぶるつもりが有る訳も無い。何の得にも何の利益にもなりやしない、反吐の出るソレを、よもやまさか、ソレを嘲っていたこの俺が。ソレを、しかもごく最近だとか少し前からだとか、そんな程度の甘っちょろい間ではなくそれこそ10年近くも昔に、ソレを。今まで。ずっと、などと。



何かを期待するような目をして、此方を窺っている。情けない面をして、黙ったままでいる。後頭部に右手を差し込めば、あの頃と何1つ変わらない柔らかな手触りが吸い付いてくるようだった。――らしくも無く浮かんだそんな感慨を頭の隅へと追い遣りながら、息つく暇も息呑む暇も何かを考える暇さえも与えないように、引き寄せる頭に自分からも顔を寄せ、反射的にか開きかかったその血色の良い唇に、積年の怨みにも似たおもいを当て付ける勢いで噛み付いてやるのだった。







漣が起きた事にどうせ気付いているのであろうあのやたらよく出来た給仕長が、料理長の手による消化の良い病人食でも持ってやって来るのであろうから、それまでは、まぁ――。

吐きそうなまでの甘ったるさが1つの形を成していた。

(おはようございますレン様。…よく、お眠りでいらっしゃいました。お加減は如何でしょうか)
(おはよフェドーラ。寝すぎだってザンザスに怒られちゃったよ…もう元気!ごめんね、ありがとう)
(いいえ、どうか謝りなさらずに。…こちら、料理長が作りました粥にございます)
(うわーっお粥だ?!しかも梅干し乗ってる…えっ何これ、嬉しい、美味しそう!)
(少々熱いですからお気を付け下さいまし)
(ウィ!戴きマス!)





 

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