銀鏡と青峰
部活に出んのはめんどくさかったが、何か無性にボールに触れたくて取り敢えずいつもの公園のストバスコートに来た。そしたら何か居た。がっちりしてる訳でもねぇしでけぇ訳でもねぇし、でも体の感じとか、それにスカート穿いてねぇ、だからありゃ男かって結論付けた。遠目にそいつはフリースローやってて、別に下手でも上手いでも無い。型通りのフォームで普通に弧を描いてボールは飛んで、勿論シュートは決まる。つまんねー。抜け落ちた感覚は戻らない。苛立ちも有るが虚しさの方がでけぇ。ボールに触れたい気も少しずつ失せてく。とっとと帰ろうと思って、けど何と無くもう1度だけ、コートに目を遣った。
「、お、」
丁度、そいつはダンクしようとするところだった。何回かドライブで切り込む動きをしてから、走ってジャンプしてゴールポストにボールを押し込む。そこまでのスピードは無かったが、何と無く思う。あれは1割か2割くれーしか力出してねぇ。ふざけんな。もっと見せろよ。見せてみろよ、もっとやれんだろお前。
気付けばコートに近付いてた。
「おい」
「…、…はい」
「…お前もっとマジでやってみろよ。もっとはえーだろお前、ぜってぇ」
「………」
振り向いた男の顔を見て一瞬詰まったのは、そいつが余りにも整った面してて、つーか、男だよな?女みてぇな顔してやがる。けど声はそれなりに低かったし、男って事で。
真っ白な頭と黄色なんだか金色なんだか判らねぇ目。何かどっかで、と思ったら昨日の帰りに見掛けた猫だ。白い猫。よく見りゃこいつの目も猫っぽい。猫目ってやつか。つかでっけぇな。なんて観察してみる。何も言わずにじっとこっちを見つめてくるとこなんかも猫っぽい。何だこいつ。そんで以て何か喋れよ。
「おい聞いてんのか」
「…聞いてる。…マジでやれって、何で?」
「俺が見てぇから」
「…ジャイアン。…でも、やだ」
「はぁ?何でだよ」
「そういう気分じゃ、ない」
お腹空いたから、って付け加える。腹減ったからってお前マジで動物かよ。くっそ、俺何も持ってねーっつの!これで何か持っててそれやってたらこいつマジでやったのか?ふざけんな。ゴリ押ししようとは思わない。こいつは多分ゴリ押し効かねー奴だ。あーくそ。どうしようもねぇから取り敢えず名前を訊く事にした。
「お前名前は」
「………」
「…おい。んだよ名乗ってから訊けってか」
「………」
「…何か喋れよ!だーっ青峰大輝だ!ほら言えよお前も!」
「………。…シロ」
「、シロォ?」
「皆は俺を、シロって呼ぶ。…シロって呼ばれるの、気に入ってる」
「フーン。じゃーシロでいいわ。シロお前何処高?」
「…北央学園」
「何処だよそれ」
「…此処から電車で、30分くらい」
「結構遠いのな。明日は来んのか?」
「…多分、来ない。今、テスト期間中で、勉強有るし」
「じゃあいつ来る」
「…さぁ」
ドリブルの音が時々聴こえる。だけど金色はずっとこっちを向いてる。何か訊いたらよく首を傾げる。ゆっくりゆっくり左右に振れる頭は猫が尻尾揺らしてるみてぇだ。何処までこいつ猫なんだよ、シロってのもマジただの猫だろ。
自分では結構短気な方だと思ってるし、周りも結構そう言うくらいだからやっぱ短気なんだろう俺は。けど、何でかこいつがゆったりゆったり喋ってるのを待つのはめんどくせぇとか苛々する事も無い。こいつの雰囲気もそうだ。何か変。テツっぽいけど全然テツじゃねぇ。紫原とも違う。
その時ニャオーンなんて間延びした猫の鳴き声が聴こえた。どっかに居んのかと思ったが、シロがスラックスのポケットから携帯を取り出したのを見て、あと、もう1回ニャオーンて聴こえたので合点がいく。シロはそれを耳に当てる。
「…はい。…うん。…うん、行く」
そんだけ返して携帯をポケットに戻したシロは、ゴールに向き直って1本フリースローを決めた。
「シロ」
「…なに?」
「メアド、あとケー番も」
「…交換?」
「おう。いいよな?携帯貸せ」
俺をじっと見つめてから、1つ目を瞬かせたシロは携帯をポケットから出して渡してくる。赤外線で交換。
「ん」
「…ん」
「じゃーなシロ。今度ワンオンワンな」
「………それは、その時の、気分」
「へーへーそうだな」
まぁ俺より断然下手くそなんだろうけど、あの軽快なダンクはそうわりー感じじゃなかったし、楽しみっちゃ楽しみだな。