凪いで



さぁ来週は華のGWだと地味に浮かれ始めていた日曜日の午後に、景吾君から電話が来た。軽い挨拶や近況の報告に始まり、そうして本題に入ればGWを利用しての合同強化合宿を行うから手伝いに来てくれと頼まれて。おいふざけんな。何を言ってんだこいつは。嫌だと即答するも意に介した様子は無い。終いには日程等は後でファックスを送ると言ってプツリと切りやがった。おいふざけんな。
口の端が引き攣るのを感じながら、携帯を握り締めて待ち受けの黒猫の画像を見つめて(あー可愛いなーなんて現実逃避も交じり入って)いると、すぐ隣から聴こえる笑い声。喉を震わせる彼を思わず睨み付けてしまう。他人事だからって…!




「私の休みがっ…!オウマイガッ…!」

「丁度いいな。お前が居ない間は俺も仕事してられる」

「…何かそれ私が居たら仕事出来なくて困るみたいな言い方なんですけど?」

「困っちゃねぇが、出来ないのは事実。お前に構いたくなるからな」

「………ケッ」




行ってこいよ、と笑って言う。1つ貸しにしてやればいいと私の頭を撫で、するりと頬に指の背を滑らせて。唸りながら膝の上へ俯せに倒れ込めば、宥めるみたいに背中を摩られた。




合同強化合宿初日である。ファックスで送られてきたプリントに書かれた時刻・場所に行く。午前9時、東京都多摩市某所、跡部財閥御曹司である景吾君私有の別荘、のようなものだ。電車で行くのも面倒なので勿論車を出してもらって。スポーツカーの重いエンジン音は車内からだと中々心地好い。他愛の無い話を少しずつ重ねつつ、そこへと走り着く。
途中何台か擦れ違った大型バス。集合時刻は同じだが、恐らく既に各校テニス部の連中は揃っているのだろう。別荘に着いた瞬間思わず重く溜息を吐いてしまった。くすりと笑う彼にまた、頭をぐしゃりと撫でられる。そして引き寄せられて、行ってらっしゃいとキス1つ、2つ。機嫌が直る事を知っていてこれをやるのだから腹の立つ男だ。後部座席からボストンバッグを出す彼よりそれを受け取り、ドアを開けて車を降りた。前を通る際にコンコン、とGT-Rの白いボンネットを叩く。ちくしょう、行ってきます。




「#神谷#様でございますね」

「あ、はい、」

「初めまして、わたくし管理マネージャーの細田と申します。只今ホールにて開会式が行われておりまして、景吾様から、#神谷#様がお出でになられたらそちらへいらっしゃるように伝えるよう申し付けられております」

「わっかりましたー案内お願い出来ますか?」

「えぇ勿論。お荷物は如何なさいますか?」

「あー…や、そんな重くないんで、だいじょぶ自分で持ってます。お気遣いありがとうございます」

「いえ。では案内致しましょう、どうぞ此方へ」




エントランスに入ると寄ってきた濃いグレーのスーツを着込んだ初老の細田さんは、穏やかな笑みで対応してくれた。彼を含めて計5名が、合宿中の使用人なのだと言う。詳しい事は景吾様が説明なさるそうです、と措いて、辿り着いた扉を静かに開けてくれて。広がる人の背と、奥に立つ知人――友人、と言うのがいいのか、とにもかくにも事の元凶である奴の姿。
マイクを通した声がタイミング良く、今回の合宿においてマネジメントをする人間の紹介に入る旨を告げた。マジかよ呼ばれんのかよ。壁際を伝っていけば気付いた人達の視線が身に刺さり始めて。




「――それからもう1名。…おい、もっと堂々と入ってこい漣。そんなこそこそ来るんじゃねぇよ」




注目されるのがクライマックスに至った瞬間である。笑ってんじゃねぇ景吾坊ちゃんてめぇ。やだもう帰りたい。




実に不本意ながら一躍(?)注目の的となってしまった開会式が終了して、各々まずは部屋へと、というところで。マネージャー計5名は景吾君に呼び集められて、諸々の説明を受ける事となった。青学から2人、立海から1人、氷帝から1人。あれ私要らなくね?と思った上にそもそも呼ばれた詳しい理由も分からない状態なのだが、景吾君はどんどん説明をしていく。
基本的に主にやる事は通常業務、即ち練習中のスコア取りやタイム計測、タオルの洗濯等々。合宿全体を通しての衣類の洗濯やベッドメイク、掃除・炊事に関しては使用人が行うらしい。また、練習中多大に不足が出るであろうドリンクを切らさないようにするのも私達の仕事だと言う。普段は各々が持参するから余り必要も無いのだが、運がいいのか悪いのか5連休の発生した今年のGWにおいて、4日間この別荘に籠りっきりになる合宿では無理の有る話だ。どういう風にマネジメントをするかは此方に任せるらしい。…いや、だからほんと私要らなくね?




「ちょ、景吾君景吾君私これ要らないよね」

「アーン?…あぁ、お前は特別枠だ」

「は?」

「詳しく紹介しておく。こいつは青学生でも立海生でも氷帝生でもねぇし、テニスに関わってる訳でもねぇ。そういう意味では俺の個人的な知り合いに過ぎない」

「ど、どーもー…」

「学年は俺と同じで2年だ。今回こいつにはお前らのマネージャーを主にやらせる」

「…あー」

「お前は理解が早くて助かる」

「うーん、まぁ、そういう事ならしょうがないっちゃしょうがないねー…」




どういう事ですか、と困惑したような、立海のジャージを着た女の子。確か彼女は津田野やえと言ったか。長いポニーテールが、マネージャーとは言えど運動部という肩書きにひどく似合っている。青学の2人も訳が分からないでいるようだ。ただ、氷帝のマネージャーは成る程と頷いた。牧原小夜子、セミショートの髪に切れ目がちな彼女は確かに利発そうな子である。




「別荘の管理マネージャーさん方は全員男の方でしたもんね。確かに、彼らに私達の衣類を洗濯してもらうのはちょっと、気が引けます」

「あっ…そっか」

「そういう事だ。他にもお前らの部屋のベッドメイクと掃除だったり、あとは補助、お前らが手の回りそうに無い事が有ったりすればこいつを駆り出せばいい。こいつは割と何でもこなすし要領もいい、助けになるはずだ」

「おいハードル上げんなばっきゃろ」

「上げてねぇよ。事実言ったまでだ」

「それが上げてるって言うんですよ!」

「#神谷#さん、よろしくお願いしますね」




牧原さんに続いて津田野さんも、竜崎さんも小坂田さんも。よろしくお願いされてしまっては後に引く事も出来ない。まぁ、そもそも引き返せないところまで来てしまっている訳なのだが。





そんなこんなでGW合同強化合宿括弧私はその実余り関係の無い主旨括弧閉じの始まりである。


波打ち凪いで穏やかに。


(去年とかどうしてたの)
(去年までは別の所でやってて、そっちには女の管理マネージャーが居たから問題は無かったんだが、この間から補修工事をさせてて使えねぇから今回はこっちになった。管轄が違うのにそいつを引っ張ってくるのもどうかと思ってな)
(あら意外、キミなら引っ張ってきちゃうのかと思ったけど)
(………昔だったらな)
(あっ大人になったんだ!)
(うるせぇよアホ)
(ぶふ、)
(チッ…)





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